引かれた引き金

「今度はお父様を入れて、家族三人で食事をしたいな」

 言った後、私はしまった、と思った。
 テーブルに乗っていたお菓子の大半が無くなり、ティータイムもそろそろ終わらせようかという時に、何となく言った言葉だった。別段に深い意味はない。今日の朝食の時に、昔は三人で食べていたと聞いたからただ言っただけ……あいさつみたいなつもりだった。
 ただ、言ってしまった後軽く後悔したのは、この場にシグルドが居たためだったからに他ならない。
 私とフローラさんと、そしてシグルド。たった今まで三人でおしゃべりしながら楽しく過ごしていたのに。これだとまるで、シグルドではなく、お父様と一緒の方が望ましかったみたいだ。
 シグルドに疎外感を味わわせるのはなんとなく嫌だった。着替え中にいきなり部屋に入ってきたり、寝ている間に朝食の準備をしたりと、色々規格外の世話係だけど、それはきっと今まで積み重ねてきた『ヒメカ』とシグルドの絶対なる信頼関係があるからだ。
 そんな仲良しの世話係をないがしろにはしたくない。

「シグルド、あのね」

 フォローしようと話かけた瞬間、

「い……いっやあああぁぁぁぁぁぁ!」

 甲高い悲鳴が上がった。フローラさんだった。
 見ると、先程までの穏やかでお茶目な様子と打ってかわり、頭を抱えて叫び声をあげていた。

「あの人はあの人はあの人は……」

 まるで呪いでも掛けているかのようにボソボソと発せられる声。その途中途中で上がる奇声。ひきつった顔は元の美しさからはかけ離れていて、誰が見ても異常な状態だった。

「まずい!」

 シグルドは急いで立ち上がり、部屋のドアを開けた。すると、何事かと武器を構えた兵士たちが何人か入ってきた。続いて、タオルや洗面器を持ったメイドさんたちも入ってくる。
 いきなり起こった出来事に、私は何が起きているのか分からず、でも邪魔になってはいけないことだけは分かっていて――仕方なく部屋から出た。
慌ただしく動く人の中にシグルドを発見して歩み寄ると、彼は笑顔を作り、

「大丈夫ですよ。フローラ様はすぐに良くなりますから」

 と、言った。
 じわり、と視界がにじむ。
 あんなに元気な様子だったフローラさんが、一転して狂ってしまったことがものすごく怖かった。もう元に戻らないんじゃないか、二度とまともに話せないんじゃないか、そう思うと……涙があふれてきた。

「大丈夫です。大丈夫ですから……」

 シグルドに手をひかれて、私は自室へ戻った。

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