フローラさんを助ける方法
「フローラさんを治す方法はないんですか?」
ないのだろう、と思いつつ言った言葉だったのに、お父様はなぜかうろたえ、視線を泳がせていた。
「あるんですか?」
「……いや、……うむ」
歯切れの悪い言葉を返してきたので、私はさらに詰め寄った。
「あるのに隠してるんですか?」
じーっとみつめると、観念したのだろう、お父様は肩を落としてため息をついた。
「ほんとに、おまえは……まったく、いらないところがフローラに似てしまったようだな」
ため息とともに言葉をこぼしたお父様。
最初こそあのキャラクターに引いてしまったが、話してみると押さえるところは押さえている素敵な人だった。お父様がどういう意味合いで言ったかはともかく、フローラさんに似ているというのは実に光栄なことだ。
「――方法はあるには、ある。一つだけな。だが……」
「だが?」
「……」
またもや黙り込んでしまったお父様。
「だが?」
続きを促すように聞き返すと、先程『情けない話』をしたときと同じ表情になった。
「どうしても聞きたいか?」
どこかで聞いたような言い方だった。フローラさんが発狂してしまった理由を聞きたいかどうか問いかけてきたシグルドと同じトーンだったのだ。
あの時と違うのは、フローラさんの病気を治すことと私とに深いつながりを見いだせなかったということ。はなから治らないと思い込んでいた病気だ。どんな内容であってもショックを受けるとは思えない。
私は首を縦に振った。
「いいだろう。けれど――」
不意に伸びてきたお父様の手が、テーブルの上の私の手を包み込んだ。
「え……、おと、お父様?」
「ヒメカは自分を一番大切にしてくれ。これから何を聞いても、我慢なんかせずに、嫌だったら嫌だと言ってほしい」
ギュッと握られた手から体温が伝わってきて、何か大切なことを言われるんだと直感した。
「安らぎ草という薬草がな、フローラの病によく利くそうなんだ。名前の通り、昂った感情を抑え、安らかな気持ちにしてくれるらしい」
「えっ! まさか、麻薬?」
焦って聞き返すと、お父様は呆れたように半眼になった。
「せっかちなところもフローラ譲りのようだな。そうではない、薬草だと言っているだろう。ただ……やっかいなことに、安らぎ草はそうそう育つものではないし、育つ地域も限られていて中々手に入らない代物なんだ」
「希少価値の高いものなんですね。でも……」
お父様は国王様だ。無駄な権力の行使はいけないことだとは思うけど、国王という立場を利用すれば薬草くらい簡単に手に入りそうなものだ。
そう言ったら、お父様は深くうなずいた。
「確かにその通りだ……ただし、わが国で作っている薬草ならば、な。安らぎ草はこの国の領土では育たない。隣の国の領土でのみ育つ特別な薬草なのだ」
「――隣の国?」
ふと婚約の話が頭の中によみがえり、嫌な予感がし始めた。
「近くの国ではあるが、いまだにあまり国交のない国だ。貴重な薬草をおいそれと売ってはくれないのだよ」
「もしかして……それで私と王子様の結婚の話が出てきたんですか? 私と王子様が結婚してしまえば、両王家はかなり密接な関係になり、薬草を手に入れる事も容易くなるから」
「……その勘の良さは、私の遺伝だろうな」
肯定の意を含んだその言葉に、私は愕然《がくぜん》とした。
これでは婚約を断ることなんてできるわけない。
「だが、これを気にして無理に婚約をすることはない。嫌だったら嫌だと言ってくれ」
先程と同じようなことを言うお父様。昨日は私の話なんか聞く耳も持たなかったくせに、こんな断りにくい状態を作っておいて決断を私に任せるなんて……!
もしかしたら、私が断れないことをみこして話しているのかもしれない。
お父様の思惑通りかもしれないが……無理だ。嫌だとしても私は婚約を破棄することなんてできない。結婚を取りやめたらフローラさんを治す手立てが失われてしまう。
こんなことなら聞かなければよかった、と私は今日何度目かの後悔をした。
『安らぎ草』
それさえ手に入ればフローさんの病気が良くなる。けれど、それには私が王子様と結婚しなければいけない。
もちろん、私が本物の『ヒメカ』で、人魚姫について何も知らない状態なら、嫌だろうがなんだろうが迷うことなく結婚をしたと思う。
けれど、私は『人魚姫』の世界の住人じゃないし、帰るべき場所がある。帰らなきゃならない。
第一、この世界に来た……いや、引きずり込まれたのは人魚姫が王子様と結ばれるようにストーリーを変えるためだ。私が結婚してしまっては、何のためにここにいるのか分からない。
それに人魚姫と王子様の結婚は、私が元の世界に帰るための条件でもある。私が元の世界に帰る帰らないの話をおいといたとしても、どちらかを選べば誰かが犠牲になる。結婚すれば人魚姫は死に、結婚しなければフローラさん病は治らない。
――クソッ! どちらも選べるはずがない!
私は心の中で悪態をついた。
イライラをアピールするかのように、椅子に座ったままテーブルに肘をついて激しく貧乏ゆすりをする。
「まぁまぁ、落ち着いてください。……はい、どうぞ」
呑気な声とともに軽い音を立ててテーブルに置かれた紅茶。勢いよく手を伸ばすが、
「熱っ!」
カップがあまりにも熱くて反射的に手を引っ込めてしまった。
「シグルド、熱すぎるよ」
「今のヒメカ様ほどではないと思いますよ。……あ、そんな怖い顔で睨まないでください」
人が睨んでいるというのに、シグルドは穏やかに笑みを浮かべている。
「シグルドは、悩みなさそうでいいよねー」
大げさにため息をついてみせると、シグルドは、
「心外ですね。僕にだって悩みの一つや二つありますよ」
と、言った。
「へぇ、どんな?」
「例えばですね、怖いお父様の部屋に殴りこみに行ってしまった姫君がなかなか出てこなかったり……ってヒメカ様、聞いてますか?」
「はいはい、聞いてますよー」
私は紅茶のカップを両手で包みこみ、息を吹きかける。温度を舌先で確かめながら、少しずつ紅茶を飲み込んだ。
「シグルドはさぁ」
「僕がどれほど心配していたことか……はい?」
姫君の心配をしていたというシグルドの話を遮《さえぎ》るように呼び掛けた。
「絶対にどちらかを選ばないといけない二択があった時、どうやって決める?」
「そうですねぇ」
唐突な質問に戸惑うことなく、彼は顎に手を当てた。
「僕なら……その二択は捨てて、一番自分の思うようになる行動を考えます」
「は……いぃ?」
思いもよらなかった答えに、間の抜けた声が漏れる。
「どちらかしか選べないなんて固定概念は捨ててしまって、一番良い方法を自分で考え出します」
まぁ、あくまでも僕ならですけどね、とシグルドは苦笑した。
いやはやしかし、こんな考え方があるだなんて思ってもみなかった。
じゃあどうだろう。私の場合は――
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