ひぐらしが鳴いている
ひぐらしが鳴いている。そろそろ梅雨明けということだろうか。
ひぐらしというと、何となく夏の終わりに鳴き始めるセミのような気がしていたし、赤トンボと言えば、これもまた夏の終わりに飛び始めるトンボのように思っていた。でもあの者どもが活躍するのは、夏真っ盛りのころなのだ。知ってた?
小学生のころ、セミもトンボも、我ら小学生の格好の餌食だった。あの者どもの首がどこなのか正確にはわからないが、我ら子どもは、首と思われる場所にタコ糸をくくりつけ、リモコンだ! リモコンだ! と騒ぎ回った。リモコンの飛行機という意。
やがてあの者どもの飛ぶ力は弱っていき、最後には首が……
「小学生くらいのころに、虫をいたぶった経験がないと、命というものがわからないのよ。その経験がないと、わりと大きくなってからいきなり猫を虐待したり、ひどい場合は人を傷つけたりするのよ」
少年による残虐な犯罪が、一時期多くあった。20年ほど前だろうか。今でもないことはないが、少なくなったように思う。そして虫をいたぶる小学生は、ここ20年でますます減っているだろう。だから、虫をいたぶった経験が、人間を成長させるとはいえないと思う。
いつだったか、熊本の露天風呂に入っているとき、腹にセミ、背中にトンボの刺青をした人がやってきた。彼は「やあ やあ」と区切る感じで僕に挨拶をして、風呂のなかに入ってきた。
「キミが小学生のときに、ずいぶんと世話になったの」
「はい?」
「やあ やあ ずいぶんと世話になったよ。ひたすら飛ばされて、挙句の果てには首をもがされての」
「はあ」
彼はそう言うと、頭のうえに白いタオルを乗せた。
「まあワシのおかけで、キミは立派になったようなもんだがのう。立派になりすぎて、すっかりおっさんになったの」
「はい」
「これまで、人は殺さなんだか?」
「はい」
「ねこも?」
「はい」
「犬は?」
「犬は殺せないと思います。強いから」
彼は「そうかそうか」と言いながら風呂からあがり去っていった。ずいぶんと早風呂だった。でもカラスではない。
ずいぶんと大人になった。人を殺さずに。おじさん、ありがとう。お元気で。
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