星空と海と羊

 星空の下、二匹のひつじが安らかに、眠るようにじっとしています。一匹のひつじは情熱を備え、もう一匹のひつじは寛容さを備えています。

 ある日、情熱のひつじはこう言いました。

「ねえ! ちょっと旅にでも出てみましょうよ」

 寛容のひつじは食んでいた草をごくりと飲み込み、こう応えました。

「ん? うん、わかった」

 月の沈む海岸をぽつぽつと歩く二匹のひつじ。

「静かな夜、あなた好みね」

 情熱のひつじはそう言って、あははと笑います。

「きみは燃える夕暮れが好きなんだっけ?」

 そう言って寛容のひつじは微笑みます。

 しばらく歩いているうちに、二匹のひつじは、海からちょっと大きなカニがあがってくるのを見つけました。

「あれに挑戦してみましょうか? わたしたちだって、がんばればカニをおいしく食べられるはずだわ」

「僕は草だけでも十分なんだけどね、でもきみが言うなら」

 こうして二匹は、カニをやっつけることになったのです。

 情熱のひつじは飛んだり跳ねたりしながら、威勢良くカニを踏みつけます。けれども狙いが定まっていないから、ちっともカニをやっつけることができません。寛容のひつじはその様子をにこにこと眺め、そのあと冷静に狙いを定めて、カニをやっつけ始めました。やがてカニは、動かなくなる。

「も、もう食べてみていいかしら!」

「うん、いいと思うよ」

「おいしい! おいしい!」

「おいしいね」

「どう? 旅に出てよかったでしょ? わたしのおかげだよね」

「うん、よかった。おいしいもの食べられた」

「ま、まあ、カニをやっつけたのはあなただけれど……」

「まあそれはどっちでもいいじゃないか」

 美味しい思いをした二匹のひつじは、これからもずっと旅を続ける決意で、また歩き始めました。けれども……。

「あれ?」

「あれれ?」

「どうしてまたここに?」

「なんでだろう…」

「わたしたち、元の場所に戻ってきたみたい」

「ほんとにね」

 二匹はちょっとだけ不思議がりました。

「でも、ここもいいよね?」

 情熱のひつじはちょっとだけ寛容の心を、

「うん、また行こうよ!」

 寛容のひつじはかすかな情熱を。

 そしてまた星空の下、二匹のひつじは安らかに、眠るようにじっとしています。

#小説

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