違和感のアサガオ

「ツルの巻き方にも癖ってあるのかしら」と不思議に思った。

 あたしの部屋のベランダにはプランターが二つ置いてあり、アサガオのツルが伸び始めている。毎年ゴールデンウィークのころ、ひとつのプランターに種を五個ずつ植える。つまり今、十本のツルが細い竹の棒をつたい伸びていっている。夏になると、窓の外には朝顔のカーテンができあがり、去年も一昨年も、あたしはそれを幸せな気分で眺めた。

 左利きの人と付き合ったのは、それが初めてのことだった。去年の春先からつい最近まで、一年ちょっとの付き合いだった。彼と付き合うまでのあたしは、大多数の人がそうだろう思うけど、恋人が右利きだろうと左利きだろうと全然関係ないと思っていた。でもいざ付き合ってみると、左利きの人間がそばにいることはなかなか刺激的だった。

 彼とふたり、駅で切符を買い、改札へ向かう。彼はズボンの左後ろのポケットから財布を取り出し、左手で販売機にお金を入れる。左手で二百三十円のボタンを押し、左手で切符とおつりを受け取る。出てきた切符を左手に持ったまま改札まで歩き、右利きのあたしから見ればやや面倒に見える作業、右手に切符を持ちかえてから改札を通る。右側に切符を入れるところがあるからだ。

 昨年末、ふたりで一緒に年賀状の宛名書きをしていたときのこと。あたしは前の行のインクが乾いてないのに次の行を書き、はがきを汚してしまった。右手で字をにじませてしまうのだ。『東京都豊島区千川2丁目……』にフーフーと息を吹きかけ、宛名と自分の名前を書くタイミングをうかがうあたしの横で、彼は『福岡県北九州市戸畑区……』、宛名、そして自分の名前まで一気に書き上げ、得意げな顔をしていた。

 彼はあたしの元を去っていった、のか、あたしが彼の元を去ったのか。たぶんあたしたちはお互いに、無責任でいいなら、って思っていたんだと思う。それがある日、工場横の歩道、フェンスに止まったカラスがカアと鳴いた瞬間に責任が生じたのだ、お互いに。でももう、考えるのはよそう。考えて解決できるほど、あたしたちは大した動物じゃない。

 今年のゴールデンウィーク、「面倒くさいなあ」と言いながらも、彼は一粒だけアサガオの種を植えてくれた。夏が近づき、すくすくと成長していっているアサガオのツル。横から見ると、十本のツルのうち九本は、右から竹の棒を巻きこんで伸びていっている。でも残りの一本だけ、左から巻きこんで伸びていっている。こんなことがあっていいの? と思うのだけど、左利きの彼が残した最後の驚きに、あたしはしばしのあいだ見とれた。

#小説

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