辛い獣

 狼の群れが歩いている。凍てつくような白銀の世界でその体は静かに躍動し、吹き付ける風に銀色の毛並みが揺れる。大きな群れだ。三十匹はいるだろうか。

 その群れから遠く離れた場所で、二匹の狼が足並みを揃えて歩いている。年老いたほうの狼が、少し前を行く。その斜め後ろに、若いほうの狼がついて歩く。年老いた狼はがっしりとした体つきで、若い狼はすらりとしている。体格の違いは、そのまま経験の違いのようにも見える。

 大地には真っ白な雪が積もっている。どこまでも平坦に見えるその大地は所々小さく隆起し、真っ白な雪原に暗い影を作っている。暗い影と雪の白が混じり合い、大地は時に、狼のように銀色だ。

 少し前を歩く年老いたほうの狼が、もうここでいいかとでも言うように、雪原に体を横たえた。後ろを歩く若い狼は、その様子を目に焼き付けるように、そして心配そうに眺めた。年老いた狼は、横になったまま後ろを振り返る。若い狼に目を向ける。若い狼はゆっくりと近づき、年老いた狼の体に鼻をくっつける。

 年老いた狼は、そのとき、とても優しい目をした。どこか遠くを見ているようなまなざしだった。若い狼を透かして、遠くたどり着けなかった大地のことを思っているのかもしれない。でも、その優しい目に、悔いのようなものはなかった。ここから先の道のりは、若い狼が歩く。

 どこからともなく、三十匹の大きな群れが現れた。三十匹の狼は、年老いた狼が横たわる場所にゆっくりと近づく。ゆっくり。ことさらに静かな歩みで。

 三十匹の狼は、先頭から一匹ずつ、年老いた狼の体に鼻をくっつけていく。若い狼は、その様子を見守っている。少し誇らしげに見守っているようにも見える。三十匹の狼は、若い狼のほうは見ない。ただ敬意を持って、年老いた狼に鼻をくっつける。

 最後の一匹が、年老いた狼に鼻をつけ、小さく鳴いた。年老いた狼はそれに応え、もう一度若い狼のほうを振り返った。今度は、若い狼を透かして遠くを見ているのではなく、確かに若い狼を見た。そして、一瞬目を強く輝かせたあと、その目を閉じた。年老いた狼の上に、少しずつ真っ白な雪が降り積もってゆく。大地には新たに小さな隆起が生まれ、銀色に輝き出す。

 最後の一匹は、若い狼の目の前に立つ。二匹は向かい合い、背を逸らし、頭を心持ち上げ、見つめ合う。

 やがて二匹は、また大地の向こうに歩き出す。若い狼が少し前を歩く。最後の一匹は斜め後ろにつく。最後の一匹も、若い狼だ。

 大きな群れは、二十九匹の群れになった。もうずいぶんと先を歩いている。大きな群れにあるのは平凡や安心、そして間違いのない正しさだ。

 二匹の若い狼にあるのは、異端や茫漠、そして確かめようのない正しさだった。

 二匹はまだ見ぬ大地を求めて歩く。でも、遥かその先へは、すでに二十九匹の集団が向かっている。二匹は目を合わす。そして確かめ合う。これは間違いのないことなのだと。

 どこかつきまとう不安が、二匹の陰影を色濃くしている。でも大丈夫。ここは真っ白な雪の平原。色濃い二匹の陰影は、新雪と相まって、銀色に輝き始めた。

#小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?