短編「おとことばばあ」(二人芝居)

「おとことばばあ」
  ・おとこ:
  ・ばばあ:

 


  昼下がりの公園
  ばばあ、ベンチに腰掛ける

  おとこ、上ツラサス明かり
  紙を取り出す

お「加藤タエ子、旧姓津田。1935年10月2日生まれ、B型。代々続く絹織物屋の名家に生まれる。夫の武史とは22歳の時に結婚、一人息子を設ける。しかし、現在息子の消息は不明。夫も肺がんを患い他界。現在は一人暮らし。好きな食べ物は羊羹、嫌いな食べ物はきんつば。特技は絹織物。座右の銘は『柔よく剛を制す』。そして、」


お「昼になると決まってここのベンチにやってくる」


  全明転

お「母ちゃん!」
ば「?」
お「母ちゃん!俺だよ、俺!」
ば「・・・」
お「俺だよ!」
ば「ヒロシかい?」
お「そうだよ、ヒロシだよ!」

  ばばあ、男を見つめる

ば「このバカタレ!連絡もよこさずに、今までどこをほっつき歩いてたんだい!」
お「ごめんな母ちゃん。心配かけて」
ば「全くこのバカ息子が!親の気持ちも知らないで。お父ちゃんだってずいぶん心配して」
 「・・・でもあんた」
お「なに?」

  ばばあ、涙を流しておとこを抱き寄せる

ば「生きててくれて、ありがとう」
お「よしてくれよ母ちゃん、こんなところでみっともない」
ば「みっともないことがあるか!」
 「子供の無事を喜ばない人間がどこにいるんだい、このバカタレが!」

  ばばあ、号泣する

お「泣くなよ母ちゃん」

  ばばあ、大げさに号泣

お「母ちゃん」

  ばばあ、とにかく訳わからないくらい号泣

お「かあちゃん!」
ば「おお、いかんいかん」

  ばばあ、ベンチに戻る

ば「ヒロシ、そしたら何か食うか?」
 「ろくに食べとらんのだろう」
お「いや、またすぐ行かなきゃなんだ」
ば「なんだい、そうなのかい」
 「ヒロシ、あんた今何をしてるんだい?」
お「東京で働いてるよ」
ば「そうかいそうかい。東京か。立派になって。母ちゃん少し安心したよ」
 「でもいいかいヒロシ。東京ってのは人がわんさかいるんだろ?中には悪い人もたくさんいる。騙されちゃいかんぞ」
お「うん」
ば「あとお酒も飲みすぎないように。煙草も吸わないこと。夜中までネオンてかてかのお店に入り浸ったりするんじゃないよ」
 「特に、ピンクのお店には行ったらあかん!」
お「わかったわかった」
ば「そして、人様に迷惑をかけたらいかん!これだけは特に覚えておくんだよ」
お「うん・・・」
 「あのさ母ちゃん」
ば「なんだい」
お「いや、なんでもない」
ば「なんだい、言いかけたことは最後まで言いなさい」
お「でも」
ば「大方、予想はしてる。言いにくいことなんだろう」
 「別に怒ったりはしない。言いにくいことこそ、しっかり自分の口から言いなさい」
お「母ちゃん」
 「・・・実は、会社で1000万円の損失を出しちゃって、いろんなところから借りて何とか800万円までは返せたんだけど、残り200万円がどうしても」
 「・・・だから」

  ばばあ、おとこをビンタする

ば「あんた何をしでかしてるんだい!あれだけ人様の迷惑になることはしちゃいかんと言ってきたのに」
 「このバカタレが!」

  2発ビンタ

ば「あたしゃ情けないよ。こんなバカ息子になっちまうなんて」

  ばばあ、号泣

お「ごめん母ちゃん」
ば「あたしに謝ってどうするんだい!ちゃんと迷惑かけた人様に謝りなさい!」
お「謝ったよ。いろんなところに頭を下げたよ。でも、どうしても200万円必要なんだよ」

  おとこのケータイが鳴る

お「ごめん会社から」
 「もしもし、・・・あぁ、思ったより簡単にいかねえわ。あのばばあに3発も殴られた。・・・必要経費?馬鹿言うな。なぁ、ふつうこの手口って電話でするもんじゃねぇの?・・・まぁいいよ。え?名前?俺の?あぁ漢字?『勇佑』。しめす編じゃねえから。うん、うん」

  ばばあ、おとこからケータイを奪う

ば「この度はうちのバカ息子が大変ご迷惑をおかけ致しました!本当にこのバカタレは本当にバカタレで。今も鼻水垂れ流して反省はしております。ですがもう煮るなり焼くなり好きにしてください!」
お「ちょっと!」
ば「ほら、ちゃんと謝んなさい!母ちゃんも一緒に謝るから!」

  ばばあ、おとこ、ケータイに向かって土下座する

お「伝わんないだろ!」
ば「バカタレ!体は心を表すんだよ!」

  おとこ、ケータイをとる

お「悪い悪い、またかけ直す・・・今?ケータイに向かって土下座させられた。意味わかんねぇよ。・・・おい何爆笑してんだ!笑ってんじゃねえよ!じゃあな!」

  ばばあ、100万円の入った封筒を2つ手渡す

ば「ヒロシ」
お「ん?」
ば「持っていきなさい」
お「え?」
ば「いいから、これ持ってしっかり謝ってきなさい」
お「でも・・・」
ば「こっちは、あんたのためにためてたお金だから。これはヒロシのお金だから」
 「そしてこっちは、お父ちゃんの。言ってなかったけど、あんたがいなくなってすぐにぽっくり逝っちまってね。私にはこんな大金を使えないから。息子のあんたに使ってもらうのが一番だよ」
お「ありがとう母ちゃん」
 「それじゃ」
ば「そしてもう一つあんたに言っておかなきゃいけないことがある」
お「なにかな?」
ば「お母ちゃんね、もうすぐ死んじまうんだ」
お「え?」
ば「お父ちゃんと同じさ。なんでも手術が必要らしい」
 「いろんな人が助けてくれてお金もあと少しのところまで来たんだけど、残りがどうしてもね」
 「人に迷惑かけてるのは誰だって話さね」
 「もうお父ちゃんもいないし、こんな老いぼれが長生きしたところで、何にもなりやしない。残りの時間をゆっくり過ごすさ」
 「・・・いやだね年を取ると。感慨深くなっちまう」
 「お父ちゃんのこと、ヒロシのこと、昔のこと、いろんなことを思い出して、涙が出てくる」
 「・・・だから、そのお金、母ちゃんの分まで使っておくれ」

おとこ、一度立ち去るが戻ってくる

お「母ちゃん!」
ば「何だいヒロシ!早く行きな!」
お「俺、この金受け取れねえ」
ば「何言ってるんだいこのバカタレが!会社はどうするのさ」
お「そんなの何とかするよ!」
ば「甘いこと言ってるんじゃないよ」
お「とにかく受け取れねえ!」

  おとこ、婆に封筒を返す

ば「!?」
 「なんだい、しかも一つ多い・・・」
お「その金、使ってくれ」
ば「バカタレ!子供からもらえるわけ」
お「バカタレ!」
 「死ぬなんて、縁起でもないこと言うなよ!迷惑かけたっていいじゃねえか!生きられる可能性があるなら、もっと頑張って生きろよ!」
 「命を雑に扱うな!」
 「・・・それに、俺がその金もらった後死なれても、どっち道つかえねえよ」
ば「ヒロシ・・・」
お「ヒロシじゃねえし、息子でもねえよ」
ば「なんだって?」
お「なんでもない」
 「じゃあな」
 「ありがとう」

  おとこ、立ち去る
  ばばあ、3つの封筒を見つめる
  懐から1枚の紙を取り出す

  ばばあ、サス明かり

ば「山口勇佑、1973年9月10日生まれ、A型。アルコール依存症の父親に母親とともに暴力を振るわれ幼少期を過ごす。後に父親が他界。女手一つで学生時代は育てられる。しかしその母親も昨年他界。仕事もクビになり生活苦になる。そのた近頃は詐欺を働くようになる。そして・・・」

  ばばあ、ヅラを外す

?「昼になると決まってここのベンチにやってくる」

  暗転


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