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回る廻レ 【短編小説】


 ある朝、目が醒めるとベッドの中で自分が大きな毒虫に変わってしまっているのに気が付いた。これはかの有名なフランツ・カフカの「変身」の冒頭であるが、こんなにも一刻を争う状況で俺はこんなことを思い出していた。朝起きたら毒虫になってるなんて事あるか……?

 

 俺の生活には俺だけの決まったルーティンが存在する。朝日が差し出す頃、布団からおもむろに起き上がり、すぐさまテレビの電源を入れる。まさにその瞬間から聞き馴染んだニュース番組のオープニングテーマが流れ始める。お気に入りの食パンを取り出しひと欠片のバターをそっと中心に落とす。慣れた手つきでトースターにセットし、俺は洗面所に向かう。ここで朝の準備を一通り済ませた所で、チン。トースターが音をたてる。うん、今日も完璧だ。


 ソファーに腰かけ、あとはいつも通りテレビから流れるエンタメニュースと天気予報を流し見て家を出るだけだ。俺は空になったかわりに満足感で満ち溢れた皿を手に取りキッチンへ向かおうとした。その時、後ろで俺にとってはけたたましい音が響き渡った。俺は一応振り向いてそれが下らない業界人同士の結婚速報だという事を確認し、いつものルーティンに戻った。自転車に乗って学校へ向かう。錆び付いたチェーンの音が心地良い。突然、俺はこれから自分が颯爽と駆け抜けるであろう道に何か小さな黒い物体が蠢いてるのに気が付いた。それが何だかハッキリと認識出来る頃にはそれはもう目前まで迫っていて、風を感じる速さまでスピードを出した自転車では寸前で避ける事は到底不可能だった。その時何を思ったか、俺はハンドルを全力で横に切っていた。避けたかったのか、気でも狂っていたのか。まあ、今となってはそんなこと明日の天気くらいどうでもいい。


 ある朝、目が醒めるとベッドの中で自分が大きな毒虫に変わってしまっているのに気が付いた。これはかの有名なフランツ・カフカの「変身」の冒頭であるが、あまりに現実離れした奇を衒った書き出しとして有名である。だが俺は敢えてもう一度言わせて貰う。ある朝、目が醒めるとベッドの中で自分が大きな毒虫に変わってしまっているのに気が付いた。


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