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甲子園の教育論②~試合観戦と背景知識
◇5・25交流戦 VS 千葉ロッテマリーンズ第一回戦
その時、阪神甲子園球場は誇張なく今年最大の盛り上がりを見せた。
7回表ロッテの攻撃。8番打者の佐藤捕手に変わって打席に向かう一人の選手がコールされた。
バッター、佐藤に代わりまして、鳥谷
緊急事態宣言下でろくに人が入っていない球場が、まさに爆発的な盛り上がりを見せた。もちろん、ロッテファンだけでその盛り上がりは作られることはない。阪神ファンも手をたたき、歓声を上げたのだ。
◇5・27交流戦 VS 千葉ロッテマリーンズ第三回戦
この試合の一般的な結果を取り上げるなら下記のようになる。
ロッテの佐々木朗希投手、甲子園でプロ初勝利。
5回4失点ながらも、6回表に味方が逆転し、タイガース相手にプロ初勝利を挙げた。
◇二つの試合のもつ意味合い
さて、この二試合をまさに表面的に捉えるならば、上記の説明で不足はない。しかし、両試合は始まる前から様々なコンテクスト、ここでは「背景知識」と呼ぶことにするが、が存在する。
まず、5・25の試合。
この日代打で出場した鳥谷選手は以下の「背景知識」を持つ。
・2003年のドラフト1位で阪神タイガースに入団
・2010年には遊撃手として史上初、かつ史上唯一の100打点を挙げた
・阪神の生え抜きプレーヤーとしての通算安打記録保持者
・2000本安打も達成(阪神生え抜きでは2人目)
・2019年に球団からの引退勧告を突っぱねて現役続行
・2020年から千葉ロッテマリーンズに移籍
・阪神退団後、初の甲子園球場に足を踏み入れる
その中の代打のコール。甲子園球場も震える。
そう、阪神ファンに愛された鳥谷敬が返ってきたのだ。
ついで5・27の試合。
佐々木朗希投手には以下の「背景知識」がある。
・高校時代に163km/hの直球を投げた
・大船渡高校時代の甲子園予選において、登板過多による故障回避のために岩手県大会決勝では監督判断で出場せず、チームは敗退
・その監督判断は賛否両論が寄せられた
・そして、プロ初の甲子園球場での試合
そんな投手が5回4失点でマウンドを降りて、直後に味方が逆転して勝利投手になる。
二年遅れの甲子園での初勝利。
◇背景知識は読解を深める
さて、上記のようにロッテとの交流戦は背景知識に塗れた三連戦であり、二戦目に辛くも勝利した我がタイガースであったが、結局のところ、そのコンテクストに巻き込まれて負け越してしまったようにも思える。
これは、その背景を知りすぎているからこその解釈かもしれないが、そう思いたくなるほどにこの三連戦は意味に満ち溢れ、それをもとに楽しむことができた試合であった。
そしてこのことは私の本業である現代文においても同様だ。
文章の内容を理解するためにはまずは表面的な論理構造(形式論理)を理解する必要がある。野球で言えば、スコアの見方、ルールの大まかな理解、選手名を理解していることに該当するであろう。
これは野球を見る上での最低限の必要知識である。これは、文章理解においても必要だ。
しかし、その文章をしっかりと理解するためには形式論理だけでは不足している。形式論理のみに依拠すると「わかったつもり」になりやすいのだ。
※実際に形式論理だけで本当に意味が通じるのはどちらかと言えば最上位層のみで、すなわち背景知識をすでに有している層だけである。
※しかし、実際には「楽をして文章を読みたい」という下位層ほどこのような手法を好み、結果として「わかったつもり」になって終わってしまうのだ。それを自覚的に教えている同業者もいかがなものと思うが。
「鳥谷が出場した」「佐々木が勝った」だけを理解したところで、それぞれの試合のもつ意味を汲み尽くせていないのは自明であろう。
その事象のもつ意味をしっかりと考えること、それを理解しようと様々なことを調べることこそが理解力を深めていくのではないだろうか。
そしてそれらの知識を持って文章に、試合に立ち向かうことが大きな意味を持っているのではないだろうか。
もちろん、背景知識などなくとも試合は楽しめるし、文章の理解も十分であることも多々ある。
しかし、「背景知識」(=試合のもつ意味合い)を用いて目の前の「形式論理」(=試合)に向き合うこと。これこそが読解力(=試合観戦力)を高めてくれて、より広い世界を見せてくれるのだ。
これは入試現代文という極めてルールの明確な世界でも同様である。だから、様々な背景知識をつけることは受験生にも肝要なのである。
願わくば、この三連戦勝ち越してほしく、このネタも上機嫌で書きたかったが…。それはまた次の機会に。
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