【英日対訳】「アニメから児童ポルノに進む道のりはそう遠くはない」南豪州判事|豪ABC (2015.8.12)+19.11.2邦人男性逮捕事件の背景
[写真]「被告は後悔しており犯行を恥じている」2015年、南オーストラリア州アデレードの地方裁判所で児童ポルノ所持罪に問われた男性に判決を言い渡すムスカット判事。
はじめに
オセアニアの先進国オーストラリアは従来から子どもの性的搾取・虐待(sexual exploitation/abuse of children)に対して強い姿勢で臨む国でした。2007年、同国は国連児童権利条約の「児童ポルノ」(国際的には「児童性搾取表現物」或いは「児童性虐待表現物」;CSAM又はCSEM、或いはCAM又はCEMと表記されます)を包括的に禁止する追加議定書(『児童の売買、児童買春及び児童ポルノに関する選択議定書』;OPSC)に批准。その3年後の2010年、同国は大幅な刑法改正を行い、児童ポルノの同国での輸出入を最大懲役10年に処することのできる重大犯罪と規定しました。
翻訳のきっかけとなった邦人拘留事件の概要
その9年後に当たる今年5月、オーストリア政府は同国で児童性虐待犯罪が増加していることから入国の際の所持品検査の厳格化を実施。
申告義務内容にCAMが追加され、これを行わないで所持が発覚した場合は即時没収と罰金、更に訴追と高額の財産刑が適用されることになりました。この時、「輸出入禁止品目」(prohibited goods)の大分類「違法ポルノ」(Illegal porn)の中に、「児童ポルノ」(Child pornography)が含まれました。その広範な定義は、「児童を性的にあからまな姿態で描写するあらゆるもの」(any depiction of children in a sexually explicit manner) とされ、これには明示的に「分別のある成人により一般的に許容される倫理、品位、礼節の基準に反する形で性(その他略)に関わることを描写又は表現する、若くは性に関わる出版物、映像作品、コンピュータゲームその他のあらゆる物品」(publications, films, computer games and any other goods that depict, express, or otherwise deal with matters of sex ... in such a way that offend that they offend against the standards of morality, decency and propriety generally accepted by reasonable adults)」が含まれます。
この約半年後の2019年11月2日、同国に入国する際に30代の日本人の男性が児童ポルノ所持の疑いで現行犯逮捕されました。
西オーストラリア州パースの国際空港で警備を担当する豪州国境警備隊(ABF)が公表した内容によると、ランダムの所持品検査を実施た結果、日本人男性がスマートフォンに大量(200点以上)のCAM・CEM画像・動画を所持していたことが発覚。あまりに大量だっため少量しか確認はされてていないのですが、その内容は「子どもの性的虐待あるいは搾取を描写したものと疑われている」としています。更にスマートフォンのアプリに別途300点以上の動画が見つかり、こちらもCAM・CEMだと見られおり、現在電子科学的な捜査が進められています。
男性のビザは停止され、スマートフォンは押収されました。男性は、同国関税法第1905号のs.233BAB(5)項に基づく第二輸出入禁止品(児童虐待表現物)を輸入を試みた容疑で逮捕されました。男性容疑者は後日11月3日、パースの治安裁判所(下級裁判所)に出廷し、11月29日に再出廷する前提で再拘留されました。
ABFの公式発表によると、ABFの西オーストラリア管区司令官は、「オーストラリアでは人に嫌悪感を抱かせる児童搾取表現物の所持は厳しく罰せられる」として、次のようにすべての渡航者に警告しました。
「社会への脅威となるおそれのある個人の入国を国境で防ぐ目的で児童の搾取行為を取り締まるのは、ABFの職務上とくに優先される。ABFは豪連邦関税法に基づき国際渡航者のスマートフォンや電子機器を検査する権限を認められている。この権限は日常的に、国内のすべての空港で行使される」
ABFによると、CAM/CEMの輸出入を行ったことに対する刑罰は最大懲役10年若しくは52万5000豪ドルの罰金となっています。輸出入禁止物の一覧はこちら。
さらに詳しい背景情報をまとめたTwitterモーメント
オーストラリア法における「児童ポルノ」の定義
オーストラリア司法当局によると、「児童ポルノ表現物」(Child pornography material)の定義は、「性的な姿勢又は性的な行為に及んでいる、若くは外見上及んでいると認められる」(engaged in, or appears to be engaged in, a sexual pose or sexual activity)又は「性的な姿勢又は性的な行為に及んでいる、若くは外見上及んでいると認められる個人の傍にある」(in the presence of a person who is engaged in, or appears to be engaged in, a sexual pose or sexual activity)を「児童を【描写する】又は【表現する】あらゆる表現物」(any material that depicts or represents a minor)を指します。
また、この定義の範囲は、「前段の行為に及んでいることを記述する又は示唆する表現物」(material that describes or implies a minor engaged in any of the above activities)、並びに「児童の性器、肛門の周辺又は胸部を描写するもので、その最も主たる目的が性的であるあらゆる表現物」(any material that depicts the sexual organs, anal region or breast of a minor where the dominant purpose of that material is sexual)に及びます。
一方、「児童虐待表現物」(Child abuse material;CAM)は、「拷問、残虐行為又は暴行の被害者として児童を描写又は表現する表現物」(material that depicts, or represents a minor as a victim of torture, cruelty or physical abuse)と定義され、その範囲は「児童の拷問、残虐行為、暴行を記述する表現物」(material that describes the torture, cruelty or physical abuse of a minor)に及びます。
※上記いずれの定義においても、「児童」とは、「18歳未満の個人若くは外見上18歳未満と認められる個人、或いは18歳未満であると称されている個人(person under 18 years of age or a person who appears or is implied to be under 18 years of age)を指します。
オーストラリアで初めて日本のアニメや漫画がCAM認定された裁判
時を遡ること4年前の2015年、南オーストラリア州のアデレードでオーストラリア男性が児童ポルノの所持容疑で懲役4年・執行猶予12か月の判決を受けました。
男性は日本のCAM/CEMアニメ画像を大量に所持していましたが、男性が反省し有罪を主張していることと、家庭環境が治療やリハビリに適していることから刑の執行を猶予されました。この時、担当判事が語った内容が豪ABCにより詳細に報じられました。
オーストラリアの司法や社会では児童に対する性的搾取・虐待犯罪はどのように捉えられているのか、とくに「虐待表現物」との関わりではどう捉えられているのか、先のパース空港での「児童ポルノ所持の疑い」による邦人逮捕事件に絡みその背景の理解の一助になればと思い、いまさらながら全訳しました。
翻訳本編
「アニメ鑑賞から児童ポルノ鑑賞に進む道のりはそう遠くはない」南豪州判事
Anime images not a big leap to viewing child pornography: SA judge
アデレード在住の父親が児童性虐待表現物(児童ポルノ)に分類される300点以上の画像を所持していたとして執行猶予判決を受けた。
男性(52)は2012年4月に警察により家宅捜査を受け、有罪を主張していた。
担当捜査官は法廷で、その2年後に男性のPCを解析した結果、子どもを描写する361点のアニメ画像と実際の子どもを描写する44点の画像が発見されたと証言した。
男性は実際の子どもを描写する児童ポルノを所持していたことについて加重児童ポルノ保持罪に、さらにアニメ画像を所持していたことについて児童ポルノ所持罪に問われた。
「アニメ」とは手書き・コンピュータのいずれかで生成された日本のアニメ制作物を指す。
判決を言い渡したポール・ムスカット判事は、「アニメやコミックの画像により実在の子どもが(性的に)搾取された事実はないものの、性対象化された子どものコミック画像にアクセスする人びとは、容易く他の児童性搾取表現物に進むおそれがある」として懸念を示した。
「(精神科医は)貴方は社会で実在の児童が搾取される危険性を増大あるいは発展させるような市場の形成を促進することに繋がる児童搾取表現物の製造に寄与したのではなく、むしろ《読み物をしていた》か《妄想に浸っていた》にすぎないと考えているのではないか、との見解を示した」
判事は続けた。
"[The psychologist] has expressed a view that you considered what you were doing was similar to reading or taking part in a fantasy rather than contributing to the production of child exploitation material, and thereby fostering a market devoted to enhancing or increasing the risk of actual children being exploited within society," the judge said.
「そうした見方も理解はできるが、そこから実在児童の表現物の鑑賞に進むまでの道のりはそう遠くない」
「貴方が多くの実在児童の児童性虐待画像を有していたことは軽視できない」
ムスカット判事は、男性が後悔しているとは明らかで、違反行為を働いたことをひじょうに恥じている点に言及した。
「貴方は、アクセスしていたのは主に児童のアニメ画像であったが、それらを鑑賞することが誤りであることを認めています」
「貴方は精神科医にたいし、《画像には実際の子どもたちが含まれていたわけではないのだから、一般社会にたいするこれら画像の影響はそれほど大きくない》と述べた。貴方がインターネットで入手した画像の多くがアニメ画像であったことに検討の余地はあるのか?限定的な解釈でいえば、実在の児童が性的に虐待されていないのだから、これは考慮されて然るべきだろう。ただし、懸念される点は、先だって指摘したようにアニメを鑑賞する者は実際の児童が性的に虐待されている画像を見ようとするであろうということだ」
法廷は、表現物の侵害の程度については「低い」と判断した。
「全405点の児童ポルノ画像のうちおよそ90%が児童のアニメ画像やコミック画像であると認められた」
ムスカット判事は続けた。
「残り44点の画像は実在の児童のものであったが、1点を除いて全てが児童虐待の程度では一次分類、すなわち《さまざまな状態で児童が脱衣しているか性的姿態を曝す状態にあるが性的な行為が含まれないもの》に当たる」
「貴方は家族に支えられ、恵まれている」
'Fortunate to have family support'
法廷では、男性が不安神経症やうつを患い、これを家族が強く支え続けたことが明かされた。男性の妻は、裁判所に宛て夫を擁護する手紙を送っていた。
「貴方のご家族の手紙から、2012年に警察により貴方がインターネットを使用して児童虐待表現物にアクセスしていたことを知らされたときのご家族の恐怖が伝わってきた」
ムスカット判事は続けた。
「貴方のご家族は過去3年にわたって貴方を支え続けてきた。奥様の手紙には、貴方の正直で働き者であるという人物像と、貴方が家族をはじめごく身近な親類や友人にいかに愛し慕われている人物であるかが示されていた。本職にも、これを疑う余地はない」
「貴方は親身になって貴方の味方でいてくれる家族に囲まれ、恵まれている。そのことだけでも、貴方に最終的なリハビリにひじょうに建設的に働くであろうと本職には思える」
ムスカット判事は懲役4か月を言い渡した上で、その執行を猶予した。男性に12か月間の猶予を与え、その間治療を受けることを義務付けた。
日本では児童ポルノは違法。ただし漫画は除外。
Japan outlaws child pornography but excludes comics
日本では昨年(2014年)児童ポルノの所持を禁じる法律が成立した。成立以前に禁じられていたのは、児童ポルノの製造と頒布のみだった。
この法律により18歳未満の実在児童の(性的な姿態の)写真や影像の保持は禁じられたが、コミックやアニメ、CGによる児童のあからさまに性的な描写はこれらから除外された。
コミックアーティスト(漫画家)や、表現の自由を標榜する活動家たち、そして出版社などは、この動きを歓迎した。「コミック」は日本では「漫画」と呼ばれており、年間で販売される出版物の三分の一ほどを占める。