【抄訳】『子どもを性的搾取と性的虐待から守るための用語ガイドライン』Ⅱ~「児童性虐待・児童性搾取表現物」編~|IWG (2016.01.28)
※以下は2016年9月にTumblrに掲載した記事を改修して転記したものです。
はじめに
2016年1月にInteragency Working Group (IWG※1) が発表した子どもへの性暴力に関する用語ガイドライン (通称: 『ルクセンブルク・ガイドライン※2』 は、日本で表現・人権・法曹に携わる者の重大な関心事である「児童ポルノ」の問題も取り扱う。
かつて日本ではこの表現をめぐり、2014年から2015年の間、 (A) 『児童ポルノ 』(child pornography)ではなく 、(B) 『児童性虐待記録物』(child sexual abuse material) とすべきと署名運動が行われ、1万人余の署名を集めた。実はその間、国際社会でも、あらゆるステイクホルダーを巻き込んで同様の議論が行われていた。
2016年6月、国際労働機関(ILO)や国際刑事警察機構(ICPO)は2年間の議論の末、この『ガイドライン』を推奨する表明を行ったが、肝心の『ガイドライン』の内容はどうだったのか。現規制問題に対する理解を深めるため、(A)と(B)の定義に関する国際議論の実態を示す『子どもを性的搾取と性的虐待から守るための用語ガイドライン』(TERMINOLOGY GUIDELINES FOR THE PROTECTION OF CHILDREN FROM SEXUAL EXPLOITATION AND SEXUAL ABUSE)のp.35~40を抄訳する。以下は、そのp.38~40までのF4.i『Child sexual abuse material/child sexual exploitation material 』(児童性虐待表現物・児童性搾取表現物)の抄訳である。
本編
F.4.i 児童性虐待表現物/児童性搾取表現物
F.4.i Child sexual abuse material/child sexual exploitation material
△この用語の用法については、特段の注意を要する。
“Child sexual abuse material (児童性虐待表現物)“の用語は、"child pornography (児童ポルノ)”の用語に取って代わる用語として使われるようになってきている [脚注165: UNODCの"Study on the Effects of New Information Technologies on the Abuse and Exploitation of Children (児童への虐待及び搾取に対する新情報通信技術の影響に関する調査)”及びINHOPE, “CSAM: A Terminology Note (CSAM:用語に関する注意事項 )”を参照。 ]。この用法の転換の背景には、「児童を描写又は表現する性的表現物は、児童性虐待の一つの形式及び形態であり、"pornography (ポルノ)” と捉えられるべきではない」 とする主張がある [脚注166: ICPO “Appropriate Terminology (適正な用語)” , surpa 109.]。
Pornography(ポルノ)とは主に、成人の男女が同意の上での性行為に及ぶことを意味する用語で、(多くの場合、合法的に)一般の性的快楽のために頒布されるものを指す [脚注167: 欧州のほとんどの国々と北米では合法だが、ポルノはほとんどの国において合法ではない]。
児童に関連して用語を使用することへの批判は、「ポルノ」という用語を使用することがますます常態化し、(意図的であるか否かにかかわらず)、実際に児童の性的虐待又は性的搾取でしかない行為の重大性を損ない、矮小化し、或いは場合によっては正当化することに寄与していることにある [脚注168: D. Frange他 『The Importance of Terminology Related to Child Sexual Exploitation (児童性搾取に関連する用語の重大性)』, Journal of Criminal Investigation and Criminology (犯罪捜査・犯罪学ジャーナル), vol. 66, no. 4, Ljubjana 2015, pp.261-299.]。
更に、これまで詳述してきた “child prostitution (児童買春” や “child prostitute (児童売春婦)“等の用語と同様に、"child pornography (児童ポルノ)” の用語は、当該行為が児童の同意のもと行われていることを暗示し、正当な性的表現物であることを示す危険性がある [169: “Child Sexual Abuse Material (児童性虐待表現物) …という用語は、より正確にことの重大性を表すとともに、かかる行為が児童の同意のもとで行われているという誤った観念に対抗する」 INHOPE, “CSAM: A Terminology Note (CSAM:用語に関する注意事項)“]。
以上の議論を踏まえ、欧州議会は2015年3月11日の決議 "Resolution on Child Sexual Abuse Online (オンライン上の児童性虐待に関する決議)” において、「児童に対する犯罪については、児童を性的に虐待する影像等の描写も含め、適正な用語を使用し、"child pornography"ではなく適正な用語である"sexual abuse material"を使用することが肝要である」と明記した [脚注170: Doc. 2015/2564(RSP), パラ12.]。
所謂 “child pornography (児童ポルノ)” には、性的行為の対象となっているが「(法的に)同意できるはずのない児童が関わっており」、これら児童は「犯罪の被害者である可能性がある」 [脚注171: ICPO “Appropriate Terminology (適正な用語)” , surpa 109. http://www.interpol.int/Crime-areas/Crimes-against-children/Appropriate-terminology]。これが近年の司法執行機関の一般的なアプローチとなっており、"child pornography (児童ポルノ)“ を児童の性的虐待又は搾取行為の科学捜査上の証拠として位置付ける動きの先駆けとなった。
したがって多くの国の司法執行機関、及び国際的にはユーロポールやインターポールにおいて、"child pornography"の用語の使用は否定されており、"child sexual abuse material (児童性虐待表現物)” 又は “child sexual exploitation material (児童性搾取表現物)” が使用されている [脚注172: ユーロポールのプレスリリース“Joint Action in 22 European Countries against Online Child Sexual Abuse Material in the Internet (欧州22か国におけるインターネット上のオンライン児童性搾取表現物に対する合同アクション)“, 2011年12月16日付, note 2 to editors, を参照。併せて、Virtual Global Taskforce (グローバル仮想タスクフォース) "Child Sexual Exploitation Environmental Scan (児童性搾取環境スキャン)”, 2015, p. 32 も参照]。
EU指令2011/93(児童の性虐待及び性搾取並びに児童ポルノの対策強化に関する指令2011/93/EU)はその前文で、「child pornography(児童ポルノ)は成人による児童の性虐待の影像記録であることが多いが」という事実を前提に置きつつ、「児童が性的にあからさまな行為に従事している影像或いは児童の性器の影像である場合もあり、当該児童がそう扱われているという認識を有しているか否かにかかわらず、性的目的のためにこのような影像を製造され、又は使用され、搾取されているものを指す。更に、"child pornography"の概念には、主に性的目的のために、児童があからさまに性的な行為に従事しているか、そのように描写された写実的影像も含まれる」と、child pornographyはより広範なものを指すことにも言及する(同文書パラ8)。
以上の記述から、"child sexual abuse material (児童性虐待表現物: CSAM) ”には、 “child pornography (児童ポルノ)” に比べてより狭義な行為が包含されていることが論証できる。なぜなら後者には、児童に対する性的虐待行為の範疇を超える表現が含まれるからである。ここで “child sexual exploitation material (児童性搾取表現物: CSEM)” という用語の重要性が際立ってくる。なぜなら、[CSEMは] 必ずしも明示的に児童の性虐待を描写するものではなくても、児童を性対象化し児童を搾取するあらゆる表現物を指すからである[脚注173: D. Frange他 『The Importance of Terminology Related to Child Sexual Exploitation (児童性搾取に関連する用語の重大性)』, supra 168, p.296.]。
更にいえば、現行の “child pornography (児童ポルノ)” に関する [国際] 法律上の定義には、児童が関与する幾つかの形態の性的行為が網羅されていないが、それらは児童の「性的搾取」の範囲に入るものと考えることができる(性的なポージング、"erotica (児童エロチカ)“等に関する後述内容を参照)。このようなものについては、司法当局は当該表現物を、"child sexual exploitation material (CSEM)” と捉える傾向にある。即ち、児童の性的虐待に加え、児童を性対象化して描写するその他のコンテンツが網羅される、より広範な分類を意味する。
結果的に、"child sexual abuse material” [CSAM] は、“child sexual exploitation material” [CSEM] のサブセットとして下位に分類される。即ち、実際の虐待行為や児童の性器や肛門に集中した描写を行う表現物がこれに該当する。CSAMとCSEMは、いずれも、児童に対して性的に虐待的である又は搾取的である(或いはその両方である)行為を描写する表現物を指す。これらの表現物は、犯罪情報捜査で使用されたり、刑事裁判等での証拠物件として使用される場合がある。今日においては、このような児童の性虐待・性搾取表現物がオンライン上で取引され、売買されており、オンライン上でのこの犯罪の存在は最早、偏在している状況といえる。
最後に、“child sexual abuse images (児童性虐待影像)” という用語もこのような文脈で使用される場合もあることに触れておく。但し、「影像」という用語で対象を限定化することで、児童を [実質的に] 性的に虐待及び搾取するその他の表現物、例えば音声ファイルや書物におけるストーリープロットその他の表現物を除外するリスクを孕むことには留意が必要である。
このような理由から、児童の性搾取や性虐待に取り組む児童保護機関や司法当局においては、"image (影像)“ ではなく “material (表現物)"という用語を使用することを好む。もう一点、児童の性搾取及び性虐待について論じる上で重要なのは、"sexual (性的)” という修飾の存在である。"child abuse/exploitation material (児童虐待・搾取表現物: CAM/CEM)“ に "sexual (性的)” を追加しなくては、単にCAM/CEMと形容すると「性的でない形態の児童への暴力」が含まれるてしまう場合があるからである。
結論
Conclusion:
“Child pornography (児童ポルノ)”の用語は法律上の文脈では現在も用いられ続けており、とくに国際的な協定や国内の取極等に言及する場合に用いられるものとなっている。但し、上記一連のパラグラフで述べた理由により、この用語の使用は極力避けるべきであり、とりわけ法律上の文脈以外での場面では避けるべき表現である。そのような文脈では、"child sexual abuse material (児童性虐待表現物: CSAM)“ 又は "child sexual exploitation material (児童性搾取表現物: CSEM)"の用語を使用するのが適正である[脚注174: 前出のD. Frange他も、欧州5か国及びEuropolで行った調査に基づき同様のことを推奨している。]。
“Child sexual abuse material (児童性虐待表現物: CSAM)” の用語は、"child pornography (児童ポルノ)” に取って代わり、児童の性的虐待行為を描写したり、主に児童の性器を描写する表現物について使用できる。他方、"Child sexual exploitation material (児童性搾取表現物: CSEM)“ の用語は、児童を性対象化するあらゆる表現物について、より広範で網羅的な表現として使用できる。
用語解説
※1「IWG」
IWG: Interagency Working Group on Sexual Exploitation of Children (児童の性的搾取に関する国際関係機関ワーキンググループ)とは、「子どもへの暴力」に関する国連事務総長特別代表、国連人権高等弁務官事務所 (OHCHR)、「子どもの人身売買、児童売春、児童ポルノ」に関する国連特別報告者等の個人、及び児童の権利に関する国連委員会、国連児童基金 (UNICEF)、国際労働機関 (ILO)等の国連の諸機関や関連機関、欧州評議会、ユーロポール、インターポール等の政府間機関、 米州子ども研究所 (IIN) 、 国際行方不明・被搾取児童センター (ICMEC) 等の研究機関、及びセーブ・ザ・チルドレン、PLANインターナショナル等の非政府機関 (NGO) 等18の団体と個人が参加する、関係諸機関の国際ワーキンググループ。タイに本部を置く非政府組織EPCATインターナショナルが主導して2014年9月に設立された。
※2「ルクセンブルク・ガイドライン」
『ルクセンブルク・ガイドライン』(The Luxembourg Guideline)とは、 IWGが2016年1月に発表した "Terminology Guidelines for the Protection of Children from Sexual Exploitation and Sexual Abuse (児童を性的搾取及び性的虐待から保護するための用語ガイドライン)。114ページに及ぶ包括的なガイドラインで、児童に関わる性的搾取行為や性的虐待行為に関して国際機関、政府機関や警察機関が使用するあらゆる表現・用語を網羅し、これらに対する「適切な用語」を提案する。日本でムーブメントとなった、法定用語としての「児童ポルノ」にかわる用語としての”child abuse material (児童虐待表現物 “ という言葉は、この議論から生まれた結果の一部だった。全体のどういったコンテクストでこの用語に落ち着いたのかについては、『ガイドライン』本編 (PDF) を参照(p.38~40)。
「IWG」参加団体・個人
African Committee of Experts on the Rights and Welfare of the Child (子どもの権利と福祉に関するアフリカ 委員会)
Child Rights Connect
Council of Europe Secretariat (欧州評議会事務局)
ECPAT International (アジア観光における児童買春根絶国際キャンペーン)
Europol (ECPO: 欧州刑事警察機構)
INHOPE - The International Association of Internet Hotlines (国際インターネットホットライン協会)
Instituto Interamericano del nino, la nina y adolescentes (OEA: 米州子ども研究所)
International Centre for Missing and Exploited Children (ICMEC: 行方不明・被搾取児童国際センター)
International Labour Office (ILO: 国際労働機関)
International Telecommunications Satelite Organisation (ITSO: 国際電気通信衛星機構)
INTERPOL (ICPO: 国際刑事警察機構)
Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights (OHCHR: 国連人権高等弁務官事務所)
Plan International
Save the Children International
United Nations Committee on the Rights of the Child (児童の権利に関する国連委員会)
United Nations Special Rapporteur on the Sale of Children, Child Prostitution and Child Pornography(児童の人身売買・児童売春・児童ポルノに関する国連特別報告者)
United Nations Special Representative of the Secretary General on Violence against Children 子どもに対する暴力に関する国連事務総長特別代表
United Nations Children’s Fund (UNICEF: ユニセフ)
抄訳一覧
[F.1-3 児童ポルノ(p.35~38)](一括掲載)
F.1. 法的拘束力のある協定文書等における定義
F.2. 法的拘束力のない協定文書等
F.3. 用語に関する考慮事項
[F.4.i-iv 関連する用語(p.38~43)](個別掲載)
F.4.i 児童性虐待表現物/児童性搾取表現物
F.4.ii デジタル生成による児童性虐待表現物
F.4.iii 性対象化された児童の影像/ 児童エロチカ
F.4.iv 自己生成による性的コンテンツ/表現物