冨山健太郎

離婚、虐待、イジメ、自殺、少年院、レイプ、売春、精神病、セクシャル問題等を抱えて生きて…

冨山健太郎

離婚、虐待、イジメ、自殺、少年院、レイプ、売春、精神病、セクシャル問題等を抱えて生きて来た人生を告白すると共に、様々な事柄について自論を述べます。 読んでくれた方は是非イイネを、フォローをお願いします。

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    🙏初月無料キャンペーンは2024年1月31日で終了しました。 ⚠️虐待、イジメ、自殺、犯罪、暴力、セクシャルなど過激な内容を多く含みます。 👉基本毎週日曜12時に更新。 🙇イイネ❤️またはコメント💬を頂けると継続の励みになりますので、どうかよろしくお願いいたします。 📖第24話を執筆中。

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    勝手に映画の感想、紹介をしているマガジンです。 このマガジンの更新は気まぐれです。

  • ◯◯についての自論

    自分の考えが正義だと思うな、という戒めを自分に課したマガジンタイトルです。 様々な事柄について自論を述べます。

最近の記事

第28話 運命を変えた無免許運転の話

斯くして彼女と別れ同棲を終えた私は、新幹線に乗って爺ちゃん婆ちゃん家へと戻ってきた。 「出てけー!」と言って私を追い出した祖父が、突然帰ってきた風来坊な私に何と言ったのか、一切覚えていない。 きっと祖母は相変わらず優しく出迎えてくれたんだと思う。 そして17歳の私はよく働くようになった。 内装業に勤め、毎朝7時に家を出て職場へと向かった。 作業内容は力仕事だけかと思いきや、ぼちぼち数学を必要とした。 石膏ボードなどを切る際に寸法を測るのだが、ボードには裏表と右左がきちんとあ

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    • 第27話 他県に住む彼女と同棲した話

      「兄ちゃんみたい」と言って慕ってくれた歳下の恵介と別れ、友人同士のいざこざの仲介を土下座で解決し、恵介の兄・航太の元カノと同棲することになった16歳頃の私は、岡山県にいた。 岡山県の市区町村までは覚えていないが、近くに「桃太郎通り」みたいな名前の通りがあったのは覚えている。 桃太郎物語の発祥が岡山県なのだろうか、とにかく岡山県は桃太郎の町だった。 よく晴れ、大雨が降っても2時間ほどであっという間に道路が乾き、その水捌けの良さや湿気の少ない特徴から別名・晴れの国とも呼ばれてい

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      • 第26話 初めての彼氏と終わる話

        私が16歳か17歳頃の話である。 兄のようだと慕ってくれる弟みたいな後輩・恵介(仮)の家に居候する事になり、共に寝起きするうちに肉体関係を持つようになり、付き合うようになり、終わりは冬に訪れた。 いつもだったら帰って来ているはずの時刻、外は雪が積もっていた。 どうしてどんな事をしてしまったのか自分でもよく分からない。 まさかこの俺がこんな事をするなんて!と当時も凍えながら思った。 私はその夜、止む事を知らない大雪の中で恵介が帰って来るのをひたすら待った。 家の中で待てば良い

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        • 第25話 多分はじめての彼氏の話

          親友・小泉の自殺から逃避するためにシンナー中毒になっていた私は、親友・リナのお叱りによってシンナーから離脱することを心に誓った。 しかし時すでに遅しだった。 塗装業を営む祖父の目を盗んで倉庫から連日シンナーを盗んでいたのだが、耳の悪い祖父と鼻の悪い祖母にはバレていないものだと鷹を括っていた16歳の私。 リナから叱られた後日、部屋にはもうシンナーはなかったが…いやまだあったのかもしれない、そこはよく覚えていないが、我慢の限界を迎えた祖父に私は怒られる。 そういえば小泉の居候で

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        記事

          第24話 シンナーの話〜後編〜

          それが幻覚だと気付くまでにどれくらいの時間を要したのだろう。 真っ白い空間、シンナーを吸う浜崎あゆみ、空に浮かぶ自分の生い立ちの光景...。 それを見た瞬間は、心の底から救われたと感じた、自分はこの楽曲の一部なんだと信じた。 A Song for ×× (フェリーコーステンチルドミックス) 4:32 浜崎あゆみ Cyber TRANCE presents ayu trance J-Pop 0 しかし体感的には一瞬の事だった。 シンナーを吸う浜崎あゆみが目の前にいるなど、幻

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          第24話 シンナーの話〜後編〜

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          第23話 親友が死んだ話

          小泉が死んだ。 出会ったのは中一の夏休み明け、転校してきた彼の第一印象はバレーボールの上手な”オカマ”だった。 彼を見ていると自分の中にある違和感を客観視しているようで嫌だった、笑い物にした。 そんな気持ちとは裏腹に好奇心で近付いた私は、中一の3学期の冬、彼に夜這いされ距離を置いた。 ゲイである事が公になって居場所を失くした彼を、荒れていた私は不良の道へと誘い込んだ。 面白い奴だなと気に入っていくうち、毎日一緒にいるようになり、すっかり相棒となった。 人気のない夏の早朝、バイ

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          第23話 親友が死んだ話

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          第22話 シンナーの話〜前編〜

          自分の父親が大きな組の若頭だったと知った16歳の私は、親父の伝説に興奮し、不良として生きる事に意欲を出し始めるのだった。

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          第22話 シンナーの話〜前編〜

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          第21話 親父を少し知った頃の話

          少年院を仮退院(刑務所で言うところの仮出所)後、新しい父親のアドバイスに則り板前見習いとして就職を試みた私は、「魚介類を食えない」を理由に高級寿司割烹料理店を辞め、祖父母の家に転がり込んだ。 祖母から「爺ちゃんの所で働いてみなさい」と言われ塗装工にチャレンジしたが、16歳では入れる現場に制限があったため休みが続き、あまる時間で悪友との再会を果たした頃、妹から「中1で離婚した父親は私の父親で兄ちゃんの父親じゃない」と知らされた。 祖父母の家を漁って自分の父親の痕跡を追った私は、

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          第21話 親父を少し知った頃の話

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          第20話 お父さんは父親じゃなかった話

          少年院で迎えた中学の卒業式で×印だらけの成績表に驚き、その気もなかったが進学など到底不可能だったので15歳で就職し、大嫌いな魚介類を扱う板前見習いを1年以内に辞め、私は祖父母の家に逃げ込んだ。 まるで「遊びに来た」みたいな顔で飄々と登場した私を、祖父母は「よく来てくれたね」と快く受け入れてくれた。 しれーっとそのまま居候の身に転じたというのは、よくある話かもしれない。 幸いにもはじめの方は所持金が多かったが、あっという間に遊んでいられなくなり、急いでアルバイトを探さなければ

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          第19話 爺ちゃん婆ちゃんの話

          15歳で初めて就いた仕事は板前見習いだった。 週6日朝4時から深夜2時まで働き、大嫌いな魚介類と臭いに囲まれながら過ごした日々。 たった15歳で30万越えの固定給と月に5回の休日は、今思えば涎が出そうなほど恵まれた待遇だと思える。 初めて自分の金で買ったデニムは1着5万円以上もしたし、大好きな浜崎あゆみのCDもたくさん買い揃える事ができた。 しかし当時の私は、いや当時に限らず私は、そもそも好きなもの以外に集中できなかった。 例外として虐待とかイジメとか少年院などは、逃げたくて

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          第18話 初めて就いた仕事の話

          母の下からすぐに出られるなら、正直何でも良かったのかもしれない。 住み込みができて稼げるならと鳶職でも風俗でも何でもござれな気持ちだった私は、母の再婚相手の助言がなければそういった職に就いていたかもしれない。 面接 父さん(再婚相手)は私に「料理人に向いている」と言った。 私の絵心や手先の器用さを母伝で知ったのか、これ以上はないといった調子で料理人の道を進めてきた。 確かに私は幼い頃に「コックさん」という将来の夢を色のついた紙にでも書いたような気がするが、それは例えば「

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          第18話 初めて就いた仕事の話

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          第17話 15歳、少年院仮退院直後の話

          初めての少年院を出院するとき迎えに来てくれたのは、母と、産まれたばかりの妹だった。 少年院の中からやり取りした母との手紙を通して、母に対する感情がほんの少し変化したのは確かだった。 それでも相手が、母が私に対してどう思っているのかは分からなかった、怖かった。 毎日毎日「産まなきゃよかった」とか、「死んだ魚みたいな目」とか罵られ殴られ育った私にとって、母は世界で一番私を嫌っている人物だったからだ。 少年院内でいくら優しい母親の顔をして出迎えてくれても、いざ二人きりになったら何

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          第17話 15歳、少年院仮退院直後の話

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          第16話 少年院の話①

          4回目の学園脱走で起こした #建造物等以外放火 で逮捕された当時14歳の私は、学園で一時保護されたのち、鑑別所へと移送された。 罪状は他にも傷害や窃盗、暴走などが付いてきた。 鑑別所での記憶はあまりない。 後に入る少年院での記憶が強すぎるせいか、あるいは鑑別所で過ごした時間が短いせいか、思い出せる事は少ない。 鑑別所で囚人は番号で呼ばれる。 「2365番!」 「398番!」 グラウンドが唯一の交流の場だが、少年院ほど厳しくはないものの、基本的には私語厳禁だ。 鑑別

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          第16話 少年院の話①

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          第15話 箱から箱へ、また箱へと移り行く話

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          第15話 箱から箱へ、また箱へと移り行く話

          第14話 児童自立支援施設(教護院)の話〜脱走編〜

          学園(児童自立支援施設)の居心地は、児童養護施設以上少年院未満の優しさに思えたり、児童養護施設以上少年院未満の厳しさに思えたりした。 いつも、どんな場所も、それは同じだろうと思う。 自分の心境によって心地良さとは変化するものである。 心理カウンセラーとの時間は非常に満たされたものだった。 箱庭やテストも楽しかったが、包み隠さず何でも話せる心地良さには依存性すら感じた。 母親から受けた虐待や、学校で受けたイジメ、そして首吊り自殺未遂に至るまで、抱えるあらゆる苦しみを一番理解し

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          第14話 児童自立支援施設(教護院)の話〜脱走編〜

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          第13話 児童自立支援施設(教護院)の話〜入園編〜

          児童相談所または児童養護施設の話とタイトルは似ているが、全く違う施設の話だ。 原則2ヶ月の一時保護をする児相(児童相談所)に対し、児童自立支援施設は18歳まで居住可能。 また、名前は児童相談所に似ているものの、実はどちらかといえば少年院と似ている施設として認識される事の方が多い。 細かい解説は抜きにして簡単に言えば、児童相談所<児童養護施設<児童自立支援施設<少年院、のような図になる。 時に「教護施設」とも呼ばれたこの児童自立支援施設だが、通称「学園」と言う。 児相で色恋問

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          第13話 児童自立支援施設(教護院)の話〜入園編〜

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