幸せの青い鳥
ある家の神事に参加させてもらった。家族が数年前次々と亡くなって、何かと不安に感じることがあったので、私が家のお祓いを勧めたのだった。霊感を持つ宮司さんを紹介した。
お祓いは滞りなく終わり、みんなで直会もした。直会では、あたりさわりのない、普通の話をしただけだったが、すべてが終わって、それぞれが帰宅した後に、宮司さんから連絡があった。
「御分骨がまだ仏壇にありますね・・・
どうしてもそのまま置いておきたい場合、修法して分骨する事はあるようですが、特別に理由がない場合は全てお墓にお入れして、土にお戻りする方がよいかと思います。
〇〇先生(偉大な霊覚者)は、『絶対に、臓器提供はしてはならない。』と言われたようです。
次に再生する時、産まれながら提供した臓器が無い状態で産まれてくるようです。
お骨もそれと同じと考えた場合、やはり全てのパーツが揃っていて欲しいと思うはずです。」
その人にも、宮司さんから教えてもらったことを、翌日電話で告げた。その人も、それなりに、どうしたものかと悩んでいたようで、それを聞いて、自分なりにスッキリしたようだった。次の回忌法要に合わせて、すべてお墓に納める決心がついたようだった。
話している時に、その人が家族の遺灰のごく一部を、形を変えて、身につけるものにしていたことを知つた。二つあるらしい。その二つとも宮司さんの話を聞いて、納める決心がついたようだった。
そうか、二つあったのか…
その人には伝えなかったが、ある夢を私は朝方に見た…
それは、二羽の綺麗な鳥だった。
なんの鳥かわかならい。羽の部分は綺麗な青だった。頭は白?、くちばしあたりは黄色だっただろうか?
詳細はもう忘れてしまった…
手前の鳥は綺麗な青い翼を広げていた。奥にいた鳥はおとなしく、たたずんでいた。
鳥たちはなにも不満があるふうでもなく、ただ、おとなしくしているようだった。二羽とも鳥かごの中に入っていた…
宮司さんから教えてもらったこともプラスして、自分なりに考察すると、こういうことになるのではないだろうか。
家族というものは、亡くなっても、決して愛する人のもとを離れるわけではない。いつでも、助けにやってきてくれる。しかし、その家族の愛に執着することは、家族の愛を、鳥かごに入れて、観察するようなものだ。
それで、自分は満足するかもしれないが、鳥(=家族の愛のエネルギー)は自由に飛ぶことができない。人の執着(=鳥かご)が、守護霊(=家族の愛のエネルギー)の力を制限している、ということなんじゃないだろいうか。
執着ではなく、感謝をもって、心の中で声をかければ、守護のエネルギーは速やかにやってくる。しかも、何か必要な助けとなる もの や こと をくちばしにくわえて、運んで持ってきてくれるかもしれない。
でも、カゴの中では、何も持ってこれない。
そんなふうに、自分は解釈した。
お祓いを終えたとき、「ご家族も神事を待ち望まれていたように感じますね。」と宮司さんはおっしゃった。
神事が終わったとき、それまで、吹き荒れていた、強風が収まり、穏やかか風に変わった。家のみならず、その人の心の執着も払った神事だったのかもしれない。
神事の前後、自宅の庭先の木々に、小さな青い鳥が7,8羽一斉にやってきて、しばらくして、また飛び立つということがあった。スズメよりも小さい鳥で、あまり今まで見たことがない鳥だった。
ネットで調べてみると、「イソヒヨドリ。その名のとおり、もともとは磯=岩場の多い海岸地帯の崖地に生息する野鳥でしたが、20世紀末ごろから都市・内陸に続々と進出、特に近年は目撃談も右肩上がりで増加しているのです。」というものがあった。
もしかすると、イソヒヨドリだったのかもしれない。確信はもてないが、とてもかわいくて、愛らしい鳥だった。
私の夢に現れた鳥は、イソヒヨドリよりも大きかったが、全体の配色はなんとなく似ていたように思う。