LGBT法案の新旧逐語比較

 本稿は、次の2つを細かいレベルで比べつつ読むものである。

 なお、『細かなことは置いといて概要を掴みたい』方は(筆者のものではないが)次のTwが早い。

 ここでは細かな比較の便宜上──特に“性自認”から“ジェンダーアイデンティティ”への変更以外●●を可視化したい都合上、次の点に注意されたい。

  1. 前者を『新』、後者を『旧』と呼ぶ。

  2. 新案における“性的指向及びジェンダーアイデンティティ”、旧案における“性的指向及び性自認”を、どちらも“SOGI”と略記する。別にこの表記を推奨したいわけではなく、繰り返し出てくるので少しでも縮めたいとの意図である。省略してなお長ったらしいのだし。

  3. 本来の旧案は全ての条文が『〜こと。』で結ばれるが、この2文字は削った上で比較する。これしか違いの無い条文が幾つかあるため。

 また本稿はひとまず言語表現を主とした比較のみを目的としており、政治的評価にはあまり踏み込まない。

 なお多数貼り付けてある新旧比較表が上手く表示されない場合は、お手数ながらクリック/タップして頂ければ別ウィンドウで開くはずだ。

 前置きは以上。

◆目的

 新旧どちらも第一条で目的を定めている。

 大きな違いを2つ指摘しておきたい。

  1. 新案では(この法で)理念を定めるのに対し、旧案は定めるまでもない理念を前提にしているらしい。

  2. “精神の涵養”と“社会の実現”の関係が異なる。

    • 新案では“必要な事項を定め”→“精神を涵養し”→“社会の実現”と3ステップがある。

    • 旧案は“必要な措置を定め”→“精神の涵養”&“社会の実現”の一石二鳥スタイル。

◆定義

 最も注目された箇所の1つだと考える。

 “性的指向”の定義は完全に同一だ。
 “ジェンダーアイデンティティ”と“性自認”はごく微妙に異なっている。

 新案には『性同一性』という文言が無いことは銘記しておきたい。

◆基本理念

 ここも注目度は高いが、違いは僅かだ。

 “不当な”が追記されていることと、“あってはならない”“許されない”の違い。

◆役割・努力

国の役割

 ほぼ同文と言えるように思う。

地方公共団体の役割

 完全に一致。

事業主等の努力

 新案では『事業主等の努力』の前半であり、旧案では『事業主の努力』とされている。

 可読性は新案の方が高いように思う(“自ら”の位置など)が、大きな差は無い……か?

学校の設置者の努力

 新案では『事業主等の努力』の後半であり、旧案では『学校の設置者の努力』として独立している。

 何より大きいのは“保護者の理解と協力”の明記だろう。
 旧案冒頭の『第七の二の1』はまた後ほど触れる。

◆状況の公表

 新旧で条文の順序が異なっている。本稿は新案を基準にして、内容の近い旧条文と並べた。

  • 新)第七条 状況の公表

    • 第八条 基本計画

  • 旧)第五条 基本計画

    • 第六条 状況の公表

 内容は完全に一致。

◆基本計画

 計画の中身というよりは手続きに関する規定群。

 一〜三項は一致。

基本計画の公表

 主語が変わっている。
 また、新案では変更時の定めが後述する別項に移されている。

協力要請

 大意は変わっていないように見受ける。

見直しと再検討

 完全に一致。

変更時の規定

 旧案では計画の公表に関してのみ『作成時または変更時』としているが、新案では閣議決定・計画の公表・協力要請の3点に関して同様と定めている。

◆研究

 事実に基づくためにはもちろん必要な要素と考えられるが──

 旧案で“調査研究”とされていたものを“学術研究”に改めている。
 肯定的に見れば怪しげな調査を排除したい狙いだろうか。『“学術研究”に該当するか否か』を誰が見定めるのかという点には懸念も伴う。

◆知識の着実な普及等(+α)

 相当量の記述が削られたパートである。

国及び地方公共団体

○相談体制の整備
 旧案では『知識の着実な普及等』に続いて『相談体制の整備等』という項が独立して存在した。
 対して新案では後者が丸々削られ、前者の結び近くに“各般の問題に対応するための相談体制の整備その他の”と圧縮した記述に留めている。

○『研究』の位置づけ
 新旧どちらにも研究の進捗を踏まえるという文言があるが、位置が違う。冒頭に移された新案は研究の進捗を最初の前提にしており、旧案では進捗に関わらずあらゆる場を通じて知識の普及が行われる前提であった。

○“学校”
 “学校、地域、家庭、職域その他の様々な場を通じて”という文言は共通である。しかしその指示内容が異なる

学校(学校教育法第一条に規定する学校をいい、幼稚園及び特別支援学校の幼稚部を除く。第七の二の1を除き、以下同じ。)の〔以下略〕

(旧案)『学校の設置者の努力』より

 上掲の『知識の着実な普及等』は旧案では第七条二項の1にあたる。つまり『学校の設置者の努力』部での定義は該当せず、よって知識の普及が行われる『場』には“幼稚園及び特別支援学校の幼稚部”も含まれる余地があった。
 新案でははっきりと除外されている。

事業主

 国及び地方公共団体と同じく、『相談体制の整備等』がぐっと圧縮されている。

学校の設置者及び学校

 ここでも『相談体制の整備等』が圧縮されている。
 また、『学校の設置者の努力』と同じく“保護者の理解と協力”が明記された。

(民間の団体等の自発的な活動の促進)

 全削除

(上記内容の位置付け)

 上記は旧案において以下の構成になっていた。

  • 第七条 基本的施策

    • 七条一項 調査研究

    • 七条二項 知識の普及等

    • 七条三項 相談体制の整備等

    • 七条四項 民間の団体等の〔略〕

 これが新案では以下に改められた。

  • 第九条 学術研究

  • 第十条 知識の普及等(+相談体制の整備等)

 新案の中に“基本的施策”という文言は無い

 やや極端で非現実的な例示になってしまうが、研究の結果『一定年齢未満にはSOGIの多様性を教えるべきではないと明らかになった』と仮定する。
 この仮定でも旧案は、七条二〜四項を止める建付けが無い。何故ならそれらも『基本的施策≒当然やるべきこと』の一部だから。
 新案は十条冒頭で“条の研究の進捗状況を踏まえつつ”と置いているため、この仮定であれば十条をやらない判断もしうる。

◆SOGI理解増進連絡会議

 内閣府と内閣官房の順序にどういった意味があるかは不明。
 会議の名称から省いた“の”は……旧案で“の”を入れないと“性的指向及び性自認多様性理解増進連絡会議”となってしまい、あまりに長く漢字が続いてしまうから挿れていたのだろうか(多様性理解増進連絡会議だって充分長いが)。

◆留意事項

 話題の追記事項。

 旧案にはこれに相当するような定めは無かった。

◆附則と補足

 本来の条文にはまだ続きがあるが、附則等なので本稿では省略する。原文にあたりたい方は冒頭のリンクを参照されたい。

(筆者による)補足

 新案の中に、『(他者の)SOGIに関する(国民の)理解』といった文言は存在しない。
 あるのは『SOGIの多様性●●●に関する(国民の)理解』だ。

 性的指向について言えば、『世の中にはヘテロセクシャルだけじゃなくそれ以外の人もいる●●、その人達にも基本的人権は当然ある●●という認識』──この認識を否定する人はあまり多くないだろう。そしてこの程度のものが『SOGIの多様性に関する理解』だと筆者は理解している。
 これには、個々の性的指向に対する理解・共感・公認などは含まれないはずだ。なぜなら“SOGIの多様性”を備えているのは人の集団であって個々人ではない

(仮にこの法律が、『ジェンダーフルイド』などとされる人達だけを対象にしているならば、個人の中にもGIの多様性はあるかも知れないが、明らかにそうではない)

 新案では、“ジェンダーアイデンティティ”と“理解”の間には必ず“多様性”を挟んでくれている。よって──

  • 『(個々人の)ジェンダーアイデンティティを理解せよ』という条文ではない。

  • 『(人それぞれの)ジェンダーアイデンティティが多様であることを理解せよ』という条文である。

──筆者は上のように読解した。

 また、多様性に関する理解を『“相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資する”ために』増進するのだと新旧両方の基本理念が定めている。
 この点において少数派マイノリティか否かは何ら勘案されず、ただ“全ての国民が”“相互に”だ。

◆総評

 (前置きに反する政治的評価になってしまうが、)この法の外側には様々な懸念点があるものの、この法案の条文だけを読む限りでは、議連合意案よりもかなりマシになったのではないだろうか。

以上

Twitterだと書ききれないことを書く