ビリー・ジョエル in CONCERT at 東京ドーム part4
TOKYO DOME - JANUARY 24, 2024
23曲目 Piano Man ピアノ・マン
アルバム「ピアノ・マン」から。
いよいよピアノ・マン。みんな大好きなピアノ・マン。
もうすでにビリーの代名詞となった曲。最近のニュースで、ニューヨーク・ヤンキースの試合を観戦しているビリーの姿をカメラが捉えて、球場にこの曲が流れ、観客一同が肩を組んで合唱するという光景を見た。ビリーもたいそうご満悦の様子。愛されている。
80年代の日本公演で、ピアノ・マンがセトリに入っていたかどうかは覚えていない。みんなで歌うというのは2008年の日本公演のビデオで観た。ビリーが観客の歌声に気づき、バンドの演奏を止めて、歌わせてくれていた。観客の様子に気がついたのはイヤモニを使用していなかったことによるのでは。
私もいつかコンサートでみんなで歌うことを想像しながら一人で練習したものだ。今がその時だ。嘘みたいだ。着席状態を破って、たまらずすでに私は立った。曲が素晴らしいのは言うまでもなく。何も言う必要はない。感激。
ありがとう。ウドー音楽事務所さん。粘り強く来日の交渉をしてくださった関係者の皆さん。素晴らしい時間をありがとう。
スマホで録画しながら歌った。
🎵Sing us a song you're the piano man Sing us a song tonight
Well we're all in the mood for a melody And you've got us feeling alright
あとで録画を確認すると、スマホはバッチリ私の声をメインに拾っていた。
当分は再生したくない…自分で自分が恥ずかしい。でもいつかそれも良い思い出になるだろう(涙)
曲が終わり、ビリーがはけて行く。
行かないで、ビリー。
アンコール。
ついに私はたまらずに大声でビリーの名を何度も叫んだ。
上手な指笛も吹けない。みんなで手拍子でビリーとバンドを待つ。
再びメンバーと共に登場する。
24曲目 We Didn't Start the Fire ハートにファイア
1989年発表 アルバム「ストーム・フロント」から。
この曲は面白い。ビリーが生まれた1949年からアルバム発売の1989年までの世界情勢の事象を並べ立ててノリノリ。「我々が火をつけたのではない」という。多少の疑問を持ちながらも、そんなことは忘れる。We は米国を指すのではなく、生きているひとりひとりのことだろう。
🎵I can't take it anymore!
それはみんな同じ!もうウンザリだ!
このミュージックビデオは面白い。黒づくめのビリーがどこにでも現れる。時代を見つめるピアノ・マン。
25曲目 Uptown Girl アップタウン・ガール
アルバム「イノセント・マン」から。
この曲で泣いた。この曲を昔にコンサートで聴いた時に私の横にいた連れの事を思い出した。悪い思い出だ。それをこのコンサートで上書きされた。
思い切り楽しめるね、これからも。
マイクスタンドで歌う姿はまだまだ元気だ。
ビリーのファンでなくてもこの曲は有名。CMでよく使われているお馴染みの曲。
さらに、やんや、やんや。
26曲目 It's Still Rock and Roll to Me ロックンロールが最高さ
アルバム「グラス・ハウス」から。
初めて聴いた時、これはロックなのだろうかと思ったものだ。中学生の頃だ。ロックという定義そのものがよくわからないから、50sっぽいと思った。
「グラス・ハウス」は私にとって今までとは違うビリーだという感触くらいはわかった。なんという人のファンになってしまったんだろうと当時は思った。
音楽は好きだけれど、フランスの作曲家のフランソワ・デュボワは、「作曲とは数学である」「作曲は足し算である」、「作曲はかけ算である」と著している。文系でありながら理系でもある。ワタシ、リケイ、ニガテデース。
27曲目 Big Shot ビッグ・ショット
アルバム「ニューヨーク52番街」から。
歌詞は何となくイケズ。ミック・ジャガーの当時の妻のビアンカ・ジャガーに向けて作詞したんだとか。いやいやなんだかすごい歌詞。ミック・ジャガーならこう書くだろうって?煽りまくりである。ビリーって自分のこういう面も気に入っているんだとか。メロディもギターの音も好きではある。
当然、東京ドームは超最高潮。
28曲目 You May Be Right ガラスのニューヨーク
アルバム「グラス・ハウス」から。
うわぁ、やった!
You May Be Right 大好きな曲。なんといっても、レコードに針を落とした途端、ガラスが割れる音がして、ドラムでズドドドドと押しまくられて、今までにないこのぶっといノリには当時夢中になり何度も聴いた。
私はもう歓喜の渦を自作で作り上げて酔いしれていた。「オネスティ」を聴いて好きになったはずなのに、「オネスティ」より、「ストレンジャー」よりもこの曲を愛している。難しいことは置いといて。
好きならば好きなのだ。
ついに、プログラムは終わった。アンコール曲はとても濃かった。
「サンキュー、トウキョウ! Good Night! 」の言葉を残して、午後9時25分、終了。
ドームの照明がついた。…ああ、終わった…
2時間22分。思ったよりも長いステージだったが、実際は一瞬に過ぎたようにも思う。おそらく日本公演は最後になるだろうという予測は当たるとは思われる。さらに以前のような、東京以外での公演はないと思った方が良いのではないか。ステージ後に1週間の休養と準備が必要になるということは、スタッフを大勢抱えては莫大な費用がかかりそうである。
2024年公演に行けなかった大勢のファンのために、ワンナイトでも良いから、来日公演を再び実現させてくれないだろうかと願う。長生きしてね、ビリー。
あとがき。
人見知りが激しい私にとって、一人で東京ドームの4万人の中に行くのは勇気がいった。ビリー・ジョエルにまた会いたいという気持ちだけで、滞在時間25時間ほどの行程を強行した。コンサートのあと、ひとりでホテルの部屋に帰るのは寂しい。初めてこの気持ちを味わった時は涙が出た。隣り合わせた人と少しでも話が出来れば良いのだけど、なかなか難易度高いのだ。なんとかならないか、この性格。でもひとりは気楽である。少しは慣れた。
初めて行った東京ドームは最後の最後まで私を怯えさせてくれた。回転ドア前は混んでいたので、「左側のドアからもどうぞ」というアナウンスに素直に従ってドア前に並んだ。メガネと帽子を押さえて下さいということだった。
私はメガネを押さえながら脇を自然に締める体勢を取って出ようとしたら…
どこから吹いていたのか、強風に背中をドンと押されて飛び出していた。
前には両手を広げて受け止めるための警備の人が二人いた。なんとか自分の足で踏みとどまれた。これが東京ドームの風か!と誰かが言った。
え?有名なの?知らなかった。
昔はビッグエッグって呼んでたよね。
ステージをスマホで撮影はOKだったが、デジカメやiPadでの撮影は禁止とのアナウンスがあったので、iPadは出せず、iPhoneSEで撮ったので、しょぼかったのが残念だ。映像での思い出は他の人に任せる事にした。
iPadでの撮影は我慢したのだから、素晴らしいライブビデオの発売はしてほしい。してください。首を長くして待ってる。ソニーさん。
終わり。
拙いレポート、読んでいただき、ありがとうございました。
かわのともみ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?