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『大川興業殺人事件~お笑い共産圏バトルロワイヤル~』

※この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は実在の名称とは一切、関係ありません。

―プロローグ―

「明日から皆さんには殺し合いをしてもらいます」
 中野区某所の地下室。
 お笑い事務所…集団…サークル?分類が定かでない、株式会社大川興業の稽古場には、“総裁”の肩書…役職…芸名?これも定かではない呼び名の大川豊総裁のほか、五名の所属芸人たちが集っていた。
 少しドスを利かせてるのか地声なのか、ちょっぴりエフエムDJ風な低音の声を発したのは、集合をかけた張本人の大川。
 往年のデスゲーム映画で聞いたようなセリフに対し、パイプ椅子に腰かけた出席者たちは、微かな戸惑いの表情を浮かべながらも反応する声は皆無であった。
 元来、大川興業はお笑い界の北朝鮮とも例えられ、当人たちが幾度となくネタにもしてきたが、この比喩は完全な事実。
 絶対的な君主の言葉に呼応し、反論などはもちろんのこと、イエスorノー以外の言葉はほぼ有り得ず、返答に困る問いかけの際には、こうして押し黙るのが日常の光景であった。
「総裁…ちょっと何なんですか? もう少し説明してくださいよ…」
 しばしの静寂を打ち破り、疑問をぶつけたのは大川興業のナンバー2。
 大川総裁と同い年の56歳、芸歴三十年以上のベテラン、寺田体育の日だ。
 “副総裁”との肩書を与えられてはいるが、他の有象無象な若手と混じり、なんの事前打ち合わせもなく、頭に?を浮かべた様子を見れば、肩書が有名無実な単なる呼称であることは誰の目からも明らかだった。
「寺ちゃん、ちょっと落ち着いて聞いてください。我々も時代の流れには逆らえなくなりました。これからお伝えすることは他言無用、もちろんノーツイートでお願いします」
 少し前に騒がれ、段々と話題にも上らなくなったTPP。
 極限的に内容を要約すれば、自由競争に対してのあらゆる障壁を取り除く義務を背負う…的なことだが、さらなる拡大路線が敷かれ、本国会で密かに新法案が成立を迎えていた。
 主に農業やモノ作りの分野で推奨を求められた自由競争が他ジャンル、エンタメ分野にまで及び、大きな転換を求められたのは中小の芸能事務所であった。
“「あの新番組、ウチにオーディション来た? まぁ…出てるの吉本とナベの芸人ばっかだし、でもマネジャー、問い合わせの電話くらいしろよな」”
 象徴的な地下芸人同士の楽屋でのやり取りだが、おまえが行ったところで…という声はさておき、現実かつ法的にこの状況がアウトとなる世界が訪れた。
 当初は新興事務所やフリーランスにも平等のチャンスが与えられると好意的に受け止められたが、現実には世の中は甘くはなく、中小の事務所は被雇用者のチャンスを奪う存在と判断され、新法案可決後は大手事務所に吸収合併、もしくは解散を余儀なくされるのであった。
 何をもって大手と中小を区別するかといえば、やはりお金。資本金や収益金で一定のラインが引かれ、要するにお金持ちだけが生きられる、インディーズが許されない新世界が到来したのだ。
 吸収していただけるうちは花で、まだ幸せだ。
 問題はそれ以下の存在…超零細企業とそこにいる人たち、中野の地下室に集まったこの人たちである。
「テレビもスポンサーが付かず、大手の事務所が株主になってる時代だからな。コレも時代のひとつの流れ…まあ今のは余談だ。明日から君たちに残された道は…」
 続いて大川から通告された内容は珍妙かつ残酷…演劇かネタの題材、もしくは悪い冗談としか思えなかった。
「今後も芸人を続けたい人間は大川興業の中で殺し合いをしていただき、生き残った人間だけは現役続行が可能。ワタナベエンターテインメントに所属できるのです」
 出席者一同はいつか皆で行った“はぁ?ゲーム”を想起していた。
 驚きの「はぁ」怒りの「はぁ」など、同じ「はぁ」の中に感情を込め、正解を予想し合うゲームだが、“仲間内で殺し合って生き残った者だけがワタナベエンターテインメントに所属できると告げられたときの「はぁ!?」”を思い浮かべたのは人生初であった。
「総裁、次の本公演のネタじゃないですよね? それマジなんですか?」
「残念ですがマジです。コレより現役続行の意思確認を行います。この場で引退を決めた芸人は当然ですが、今回の闘いに参加せず、芸能界から退場となります。当然ですが守秘義務には従ってもらいます」
 寺田の問いかけに答えた大川から急遽、一同は今後の身の振り方の決断を迫られた。
 日ごろはお笑い界の北朝鮮の独裁者である大川だが、こうして馬鹿丁寧な敬語で呼びかけする際には、嘘やジョークは有り得なかった。
 所属芸人たちはほぼ無言で互いに相談もせず、しばらく長考に入った末、一番に口を開いたのはこの男だった。
「もう還暦近くになって仕事変えるのもね、おれはやりますよ」
 寺田体育の日。元アクション俳優の元肉体派芸人。
 柔和な人柄だがせっかく掴んだ民放のレギュラー番組を家族旅行で休んだり、大学生から暴走族を始めたりとエキセントリックな性格も顔を覗かせ、殺人…しかも旧知の仲間を手にかける特殊ルールをあまりにも簡単に受け入れる軽薄さには、皆が口あんぐりで驚きを禁じ得なかった。
 やはり特殊な独裁政権下でのナンバー2を長く務め、大川の言葉には決して逆らわぬ洗脳状態も見て取れ、五十を過ぎた現在もパワーは事務所一を誇り、最も危険な男のひとりに他ならなかった。
「急なんだよな、いつも…ブツブツ…やりますよ。要するに生き残ればいいんでしょ?ったく…」
 鉄板■魔太郎。四十代後半のアイドルオタク芸人。
 黒縁眼鏡にサラサラヘアーの風貌から藤子A不二雄作『魔太郎がくる』を芸名の由来とし、女子の制服ブレザーを纏って自らをAKBメンバーと称する、危険な芸風がトレードマークである。
「嘘だろ…コッチはもう四十なんだよ。今さら田舎帰ってどうしろっていうんだよ、なんにもコッチのこと…やります、続けます!!」
 次いで参戦意思を表明したのは鉄板と同郷の青森出身。
 ジョニー。四十代前半でお笑いコンビ、銀河と牛として活動中。
 金髪に小柄な風貌で眼光鋭く、歌舞伎町の劇場付近では職質が絶えない。
 お笑い界の共産圏、大川興業における重大ミッションといえば雑用。大抵はそれが原因で二~三年のうちに嫌気が差し(もしくは我に返り)、辞めるのが定番だが、ジョニーは若いころから我だけが人一倍強く、その一切を拒絶して今日まで生き残ったという変わり種だ。銀河と牛では先輩格。
「はい、残ります。やります」
 陰気な眼鏡男だが鉄板■魔太郎ほどキャラが立ってない、今年で四十歳。
 牛越秀人。お笑いコンビの銀河と牛として活動中。
 目立った活躍はないが、東スポ九州版の男セン(エロページ)で連載する熟女AVコラムは今年で十周年を迎える。
 際立って文章が上手いとか切り口が鋭いということでは決してなく、安い原稿料で締め切りを完璧に守る誠実さだけを評価されてきた男である。
 ほかの面々と比べ、芸能界への執着はそれほど強くはないが、芸歴はかれこれ十年を数え、本来は家に持ち帰って二~三日、熟考したいと願いつつも日付の変わった零時には、底辺芸人同士の殺し合いがスタートしてしまう。
 そもそも、先輩格の相方ジョニーが首を縦に振った時点で、牛越に拒否権は微塵も存在せず、なし崩し的に現役続行=参戦が決定してしまったのだ。
「やりますッ! 先輩方と闘うのは少し気が引けますが…どうかよろしくお願いします!」
 最後に意思を表明したのは大川興業の最年少、唯一の二十台。
 仁井智也。ピンのサッカー芸人。
 高校時代はキーパーとして全国大会出場のガチアスリート芸人。厳しい体育会系社会を生き抜き、何事もそつなくこなし、トータル的に能力が高い。
 だがそんな彼がなぜ、お笑い界の共産圏に…人生の順路選びに少しの不器用さが垣間見える。
 全国出場した高校サッカーではPK専門のキーパーを担当していたが、予選本線含め、一度もPKの機会がなく、出番はゼロ。
 殺し合いの場で不運は致命的だが、最後にモノをいうのは体力。今回のダークホースに挙げられるだろう。
 出席者五名の意思確認を終え、大川が腰に手を当て、一同を見おろしながら慇懃な丁寧語を用い、最後のルール説明を行った。
「以上ですね。なるほど全員、現役続行の意思は固いと? わかりました、では本日は皆さん、帰宅していただいて日付変更からがスタートです。何処でどう、何を使って相手を襲っていただいても構いません。ただし警察に捕まった場合は、その時点で負けが決定します。ワタナベエンターテインメントには入れません。本件は他言無用なので、取り調べには一貫して黙秘を続けてもらいます。皆さん、わかりましたね? ハッハッハ~ッ…!!」
「総裁…ハッハッハ~ッはイイんですが、ひとつ質問が…総裁はこの後、いったいどうされるんですか?」
「寺ちゃん、さすがいい質問ですね。私自身はマネジャー二名を引き連れ、古巣の太田プロに復帰が決定しています」
「ふざけんなよっ…!! なんでアンタだけ…イイ加減にしろよ!! だったら副総裁のおれも連れてけよ!!」
「受け入れは三名までと通告されまして、苦渋の決断でしたが、マネジャーの二名に決めました。大丈夫ですよ、寺ちゃんはまだ体力おありですから、きっと生き残れるでしょう。皆の武運を祈ります。では、さらばっ…!!」。
 地下室の階段を登り、颯爽と去っていった大川をよそに一同は意気消沈。
 室内は沈痛なムードに包まれていた。
 この中において今年一年、芸人活動で収入を得た者は極僅か。
 他はほぼバイト収入の生活で、撤退を決断する絶好のチャンスだったのではないか? いや、もう引き返せないところまで来ているのかもしれない。
 しかし、負けが混んだ人間にあわよくばの幸運はまず訪れず、泥沼にハマったギャンブラー、華のないカイジたちである。
 ピンが大半の所属芸人たちは明日に備えようと足早にその場を立ち去り、唯一のコンビ、銀河と牛は牛越がリーダー格のジョニーに声をかけるも、
「また連絡するわ」と早々に話を打ち切られ、デッドオアアライブを告知された会議は流れ解散となった。
 本日の出席者は大川を除けば五名。大川興業にはそのほかにも芸人が所属している。
 世間的な知名度は随一の裁判傍聴芸人、阿曽山大噴火とビジュアル系芸人の俺はゴミじゃないの二名は、阿曽山がライフワークである東京地裁の傍聴とその後のTBSラジオ生出演のため、俺はゴミじゃないはアルバイトの高校非常勤講師を理由にそれぞれ会合を欠席。
 すでに芸人生活の存続、闘いへの参加は意思表明を済ませている。
 翌日から七名の芸人たちがリアルな殺し合いを行う。
―果たして生き残るのは―

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―主要人物紹介―

■大川豊
大川興業総裁。ディズニーランド大好き。

■寺田体育の日。
大川興業副総裁。元アクション俳優で米と肉が大好き。

■阿曽山大噴火
ヒッピーファッションの裁判傍聴マニア。

■鉄板■魔太郎
アイドルオタク。
そして自らもアイドルだと思い込んでる危険な芸風。

■銀河と牛・ジョニー
金髪。歌舞伎町の劇場前で職質が絶えない。

■銀河と牛・牛越秀人
普通。

■俺はゴミじゃない
V系あるある芸人。バイトは高校の非常勤講師。

■仁井智也
サッカー小僧芸人。仮装通貨に詳しい。

■高柳&久保方マネジャー
真面目。

■高橋ちゃん
謎の男。

大川興業人物グラフ

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