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『男一匹ガキ大将』で「完」の文字をホワイトで消したというのは本当なのか

※この記事は8月29日に更新しました。マガジンとしては「7月分の記事」のところ、更新が遅れてしまっており、本当に申し訳ございません。

※記事の内容に、過去記事に書いたのと重複する部分が少しあります。

 


 

前置き(読み飛ばし可)

一般論として、人間の記憶は変化します。

たとえば、緑色の車が事故現場を通り過ぎるスライドを見せたあとに、

「事故現場を通り過ぎたは屋根にスキーラックを積んでいたか?」
「事故現場を通り過ぎた青い車は屋根にスキーラックを積んでいたか?」

といった質問をすると、後者の質問をされた人の方が、青い車を見たと主張しがちになる……といったことが、実験で繰り返し確かめられています。
(Shifting human color memory. Memory and Cognition. Memory & Cognition, 5, 696–699)

あるいは、歯みがきの効能に関する説明を受けて納得したあとに、

「あなたはここ2週間、何度歯をみがいたか?」

という質問をされると、何の説明も受けていない場合と比べて、はるかに多く自分が歯みがきをしていたことを思い出すそうです。
(The effect of attitude on the recall of personal histories. Journal of Personality and Social Psychology, 40, 627–634.)

「どうであるべきだったか、どうあってほしかったかという自分の考えによってろ過され、変容された、実際の出来事のばらばらの断片を寄せ集めて記憶を再現するのである」

「年月を経ることによって、われわれの記憶は徐々に整合的に、そして不正確になっていく

E・アロンソン『ザ・ソーシャル・アニマル』

 

以下、本題

現在、多くの漫画家・漫画家の家族・アシスタント・編集者といった方々が、回顧録や自伝を出してくれています。

(一例)

こういった関係者や当事者の証言は有り難いのですが、その中には、同じ出来事について、記述が食い違う箇所もあったりします。

たとえば、「フジオ・プロの社内旅行で、あだち勉先生が女性事務員を自室に連れ込んでセクロスをしていたら、赤塚不二夫先生がのぞきに来た」という逸話について。

あだち勉『暴露』(スコラ オオグー 1984年8月号)
ありま猛『あだち勉強物語』(サンデーS 2022年10月号)
武居俊樹『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』(2007年)

……と、赤塚不二夫先生がベランダ伝いに侵入したのが、8階だったり7階だったり6階だったりします。

まあ、階数はさほど重要ではないかもですが、もっと大事なことについても、証言の内容が違うことはあります。

 

『男一匹ガキ大将』の「完」の件

西村編集の著書

たとえば、「本宮ひろ志先生が『男一匹ガキ大将』を最終回にしようとしたところ、最終回の原稿を編集者が勝手に改ざんして続けさせた」という、有名な出来事について。

その編集者の著書によると、最終コマの「完」の一文字をホワイトで消したという記述でした。

西村繁男『さらば わが青春の「少年ジャンプ」』(1994年)

個人的には、これに釈然としないところがありました。

というのも、そのときの『ジャンプ』がこんな感じで……。

『週刊少年ジャンプ』1971年11号

この最終コマの余白に「完」の文字が入った状態が、うまく想像できないという気がしておりました。
(いくらなんでも、唐突な「完」すぎるというか……)

 

本宮先生の著書

その後、作者の本宮ひろ志先生の自伝が発売されました。

そちらの記述では、消されたのは一文字だけではなく、ラストの1ページが丸々削られたとあります。

本宮ひろ志『天然まんが家』(2003年)

この説明には、特に疑問は感じませんでした。

『週刊少年ジャンプ』1971年11号

この左ページで「こんなもんじゃ、人間なんてのわぁ」「完」なら、想像はできます。

この万吉についても、

『男一匹ガキ大将』11巻

貫通していた竹槍が消されたのだと言われたら、そんな風にも思えてきました。

まあ、事実として言えるのは「話に食い違いがあること」だけで、それ以上は不確かですけど……。
当時の『ジャンプ』に載ったものとの整合性を考えると、実際にあったことは本宮先生の話に近く、編集者の記憶が変化しているのではないかと想像しております。

それにしても、『ジャンプ』の大人気漫画で主人公が唐突に竹槍で死んで「こんなもんじゃ、人間なんてのわぁ」と叫んで完という伝説も見たかったです。

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