見出し画像

同種造血幹細胞移植後の卵の摂取

おさ菌です!
ちときんでは、血液疾患と感染症について記事を書いていきます。

本日のテーマは、「同種造血幹細胞移植後の卵の摂取」です。

血液疾患の治療中は生食を禁止としている施設が多いかと思います。今回はその中でも生卵にスポットライトを当てまして、卵をどう食べてもらうかを考えていきます。


生卵のサルモネラ汚染

生卵はSalmonellaで汚染していることがあります。卵の汚染はin egg汚染on egg汚染に分けられます。

in egg汚染は”卵の中(白身と黄身)”の汚染、on egg汚染は”卵の殻表面”の汚染を意味します。生卵の摂取によるSalmonella感染の多くは、in egg汚染と思われますが、調理の仕方によってはon egg汚染から食事が汚染されてsalmonella感染を起こすこともあります。

「造血細胞移植ガイドライン 造血細胞移植後の感染管理」でも卵はサルモネラによる汚染の可能性があるため、生卵に触れた後は石けん流水で手洗いを行う卵の生食は禁止する、とされています。

また同ガイドラインでは生食解禁の時期について、「エビデンスはないものの、2007年CDCガイドラインでは、同種移植後では免疫抑制剤中止以降(中略)の案が提示されている。ただし、最終的には主治医の判断に基づく」とされています。

造血幹細胞移植後のSalmonella感染症

一般的に生卵から感染するような非チフス性Salmonella感染症は、腸炎として発症します。腸炎の約1%で菌血症を起こします。

一方、造血幹細胞移植後のSalmonella感染症を後方視的に調べた報告では、18人のSalmonella感染症発症者のうち、12人(67%)で菌血症を起こしており、より重症な感染症として発症しやすいようです(BMT 2011; 46: 880)。

生禁とQOL

日本人は卵が好きな人種で、メキシコに続いて世界で2番目の卵の消費をしています。キューピーのたまご白書2023によりますと、卵かけごはんは日本人の好きな卵料理第6位で約6割の日本人が一年の内に1回は卵かけご飯を食べているようです。

食事の制限は患者のQOLを下げます(blood adv.2023; 7: 5996)。生卵を禁止されてしまうと、好きな卵かけご飯は食べられませんし、すきやきを生卵につけることもできません。生卵の禁止は日本人のQOLを下げてしまうでしょう。

生卵を食べたらどれくらいの確率で感染を成立させるのか

移植後のSalmonella感染を起こすと重症になりやすいことは上記の通りですが、それは必ずしも生卵の危険性とイコールではありません。生卵でどれくらいSalmonella感染を起こすのでしょうか?

令和2年の農林水産省 市販鶏卵のサルモネラ汚染状況調査によりますと、1870パック(37400個)の卵の内、Salmonella汚染されていたのは1パックだけでした。1パックのうち一つの卵だけが汚染していたとすると、汚染確率は0.0027%となります。これは一年間に交通事故で死亡する確率(0.004%)よりやや低く、かなり低い確率です。一つも生卵を食べさせないより、車に乗ることを禁止した方が、死亡率を下げられるのかもしれません。

一年間毎日生卵を食べたとしても、汚染している生卵に当たる確率は0.1%です。これはチョコボールの金のエンゼルを引き当てる確率と同じです。なかなか当たりません。

また汚染している生卵を食べたからといって、感染症を起こすとは限りません。Salmonellaは酸に弱く、胃酸が正常に存在すると感染を成立させるのが難しいことが知られています。そのため、PPIの内服はSalmonella腸炎のリスクであることが知られています(Aliment Pharmacol Ther 2011; 34: 1269)。

胃酸がある状況で市販の生卵を食べて、Salmonella感染を起こす確率は、とても低いと考えられます。

0リスクを目指したい! どれくらい茹でたらよいか?

日本の市販生卵のSalmonella汚染率は低いのですが、それでも0%ではありません。0を目指したい!という場合、固ゆで卵しか食べられないのでしょうか?

Salmonellaは65℃5分で容易に死滅します。卵の中心温度を65℃ 5分にすれば、Salmonella感染は理論上起きません。

65℃のお湯で30分茹でると、生卵の中心温度が65℃に達します。追加5分茹でると、中心温度65℃5分を満たせます。

日本調理学会誌2019; 52: 345

65℃30分は温泉卵の作り方です。まだ黄身がとろりと柔らかいような卵ですが、Salmonellaは死滅しています。移植直後でも温泉卵であれば、食べさせてもよいかと考えます。

で、どう食べさせるの?

生卵のSalmonella汚染率が低くても、生卵を食べた後に下痢を起こせばSalmonella腸炎を鑑別に入れざるを得ません。急性GVHDを起こしやすいようなタイミングでは、感染性腸炎にまで鑑別が広がらない方がよいかと考えます。

ですので、個人的には、day100頃までは生卵は避けるのがよいかと考えています。その後病状が落ち着いており、とても生卵を食べたがっている患者さんがいれば、早めに解禁してあげてもよいのではないかと思います。


いいなと思ったら応援しよう!