三体を読んだ感想
先輩エンジニアの方に教えてもらい、三体という小説を読んだ。
もし僕が古典物理学の限界や複雑系の話のことを知り始めた5~6年前に読んでたら、さらに衝撃的だったかもしれない。単行本が出たのが2008年だから、約10年前。当時では特にホットな話題だったと思う。
今見ると少し既知の議論がテーマになっているけど、ちょっと知らないフリをして少し昔の感覚で読むとすごく楽しかった。
ひとことでいうと
テーマは現代物理学・現代科学で、現代的な構成とアニメっぽい演出で読みやすい。
具体的には古典物理学の限界と多体問題がテーマ。
内容メモ(以下ネタバレ多)
舞台は中国。最初は客観で、文革の悲惨な描写が続く。毛沢東時代の検閲や大串連(共産主義運動)、複数の思想グループによる闘争のなかで、不条理な粛清と、それに抗う葉哲泰という理論物理学者の惨殺から物語が始まる。
中国の根本的な社会構造の影を表現する文があった。
中国では、どんなにすばらしい超越的な思想もぽとりと地に落ちてしまう。現実という重力場が強すぎるんだ。
そのあとは父を殺された娘の葉文潔に視点が移り、彼女が人類の罪を理性的に捉える、というところから、この物語は始まる。
「この本に出会う前から、若い文潔の心には、一生治ることのない大きく深い傷が、人類の悪によって刻まれていた。しかし、この本に出会ってはじめて、文潔は人類の悪に対して理性的に考えるようになる。」
「文潔は、多数派が正しく、偉大であるとする文革の邪悪さに気づいていたが、文潔がノーマルで正当だと考えていた殺虫剤の使用も実は悪だということに、レイチェル・カーソンによって気づかされた。つまり、人類のすべての行為は悪であり、悪こそが人類の本質であって、悪だと気づく部分が人によって違うだけなのではないか。」
「もし人類が道徳に目覚めるとしたら、それは、人類以外の力を借りる必要がある。」
非常に不気味な考え方だけど、これは思想の相対化と取れる。
第5章によって、この本が近年の古典物理学の限界の話を一段階下のレイヤーに落とし込んだものだということがわかった。
確か「量子力学の教科書」という本だったと思うけど、前提知識としてこの話(古典物理学の限界&量子力学)を読んでいてよかった。
SF(ShooterとFarmer)
ここで、本の中でも引用されている「SF」について重ねて引用する。
射撃手仮説とはこうだ。あるずば抜けた腕をもつ射撃手が、的に十センチ間隔でひとつずつ穴を空ける。この的の表面には、二次元生物が住んでいる。二次元生物のある科学者が、みずからの宇宙を観察した結果、ひとつの法則を発見する。すなわち、〝宇宙は十センチごとにかならず穴が空いている〟。射撃手の一時的な気まぐれを、彼らは宇宙の不変の法則だと考えたわけだ。
他方、農場主仮説は、ホラーっぽい色合いだ。ある農場に七面鳥の群れがいて、農場主は毎朝十一時に七面鳥に給餌する。七面鳥のある科学者が、この現象を一年近く観察しつづけたところ、一度の例外も見つからなかった。そこで七面鳥の科学者は、宇宙の法則を発見したと確信する。すなわち、〝この宇宙では、毎朝、午前十一時に、食べものが出現する〟。科学者はクリスマスの朝、この法則を七面鳥の世界に発表したが、その日の午前十一時、食べものは現れず、農場主がすべての七面鳥を捕まえて殺してしまった。
相対化=原則
相対化するということは「それを原則だと思うこと」であり、一方で、真には原則がない=絶対的なものがある。時代によってそれが神だったりする。
いまだに欧米では有神論者が多いが、重要なのは、現代(ポストモダン)において、しかもこれが物理学という古典的な科学で発症したことである。
人類の無知について
ここでも僕がずっと考えていた話が出てきてびびった。無知であることは、欠陥なのか、利点なのか、という話。
具体的に言えば、なぜ人間のIQは110程度で止まってしまい、多元論的問題を解決できないのか。今までの僕の結論は、生存のために解決する必要がなかったからだ、というものだった。
人間がIQ110程度で止まっているのは、太陽が一つだから。これは中学の時物理の先生が言っていたことで、妙に頭に残っている。これを今言い直せば、人間に三体問題は解けないということ。
IQがより高い方が優秀なのであれば、IQは伸び続けるはずだが、110程度で止まっている。
アインシュタインのIQが190だったとしても、子供は3人しかいない。チェ・ホンマンの身長が220cmあったところで、彼には子供がいない。特定の身体的指標が高かったところで、それは決して生物的に優位とは限らない。
例えば、一般的なサル類は鏡をみても自分だと認識できない。人間がどんなに教えても、それは”わからない”。でも人間は当たり前のようにそれが可能である。
僕はこれと同様に、一般的な(例えばIQ110の)人間には認識できなくて、アインシュタインには認識できる何かがあったと思っている。
でもそれは人間が種を生存するためには必要のない認識だったのかもしれない。むしろ三体にあるように、その認識を得た途端、生きる意味を失ってしまうような感覚なのかもしれない。
三体(3body.net)
タイトルの三体はゲームの名前として初めて出現する。そのゲームの中では、「非法則な世界=複雑系」が描かれる。
二つの飛星が出てきた時に、三体問題がテーマであることから、太陽+この二つの飛星と地球の問題を解くのがゲームの問題だと思った。第15章では汪淼が二つの飛星が太陽であるという仮説を提示した。
第1、2章との連結
8章でついに最初の葉文潔の文字が現れる。正直ここはなんとなく分かってたけど、葉文潔は楊冬の母親だった。
第11章での現実とゲーム対比(シミュレーション論)
このゲームのデザイナーは、表面上シンプルな映像の奥に膨大な量のデータを隠し、プレイヤーがそれを発見するのを待っている。
「このゲームのデザイナー」という表現がやけにいやらしく感じられ 、三体世界は実在するというオチが見えてきた。ここまでの話からすると、コミュニケーションを取ろうとしている地球外文明がこの三体世界なのではないかとここで気づいた。(18章で実際にここが回収される)
ここで最初に葉文潔が言っていたセリフを思い出した。
「もし人類が道徳に目覚めるとしたら、それは、人類以外の力を借りる必要がある。」
葉が言っていた人類以外とは宇宙人のことだろう。こういう伏線が結構多かったので、単行本で読むとオチが予測できてしまうのはちょっと残念。
東洋的・西洋的
初めて西洋的アプローチの話になるのは15章で、ログインIDをコペルニクスにしたことでゲーム設定は西洋中心になる。あくまでゲームであるため中身は史実とは関係なく、グレゴリウス一世とアリストテレス、ガリレオ、ダヴィンチが一緒に登場する。
多体問題と初期状態
だいたい予測したとおり、16章では初期運動という言葉がでた。多体問題は一般解が解析的に求められない(可積分性がない)ということは聞き覚えがあり、それを証明したのが作品内でも言及されている、アンリ・ポアンカレという人らしい。
ただし、方程式は求められるので、初期条件を与えることで方程式を解くことができ、得られる解が特殊解。
宇宙空間において、球が二つあり、そこに初期運動を与えると、引き合いながら二つの球が回り続ける。
しかしこれが三つ以上になると、同じく初期運動を与えると、球が予測不可能な動きになる。これが複雑系。さらに球が増えると方程式が無限に複雑になる。これが宇宙である。
そして、これを解決できる可能性があるのは進化的シミュレーションアルゴリズムであり、三体の中ではモンテカルロ法が挙げられた。
また、三体問題の一つの答えとして、三体の質量が等しいという条件で、8の字型の軌道をとる8の字解がある。作中では架空の人物になってるけど、現実ではCristopher Mooreが1993年に発見した。
18章「オフ会」
気の抜けるようなタイトルだけど、この18章でついに三体世界のネタばらしがある。三体世界は存在し、このゲームはその三体世界を元に作られたゲームだった(ゲーム世界が実際に存在すると予測していたが違った)。
さらに、この三体が科学フロンティア会員を選別するためのゲームであることが分かる。
表現
さすがエンジニアが書いただけあって、人間をマクロ的に描写するような、エンジニアが想起しやすい表現がいくつもあった。
恐怖と化したこういう戦場が、分散処理する無数のコンピュータさながら、北京各地に広がっていった。その演算のアウトプットが文化大革命だった。
彼らの意識の中に政治的イメージを水銀のように注入し、知識と理性で構築された彼らの思想の城を徹底的に破壊する。
また、ゲーム内に出現する過去の偉人は、思想がデフォルメ・または抽象化されて描かれていて、面白い。例えばノイマンはコンピュータの存在を知らないが、三千万人の人間を使ってコンピュータ回路の入出力を再現しようとする。
演出・構成
演出はなんとなくアニメっぽい感じがした。と思って今調べたらアニメ好きらしい。セリフの感じとか。正直ここはちょっと臭い。
日本のアニメでは『攻殻機動隊』『王立宇宙軍 オネアミスの翼』『銀河鉄道999』などに触発された[5]。(Wikipediaより)
とにかく構成はブレイキングバッドとほぼ同じ。6章目の時に気づいてそこからは展開のタイミングとかが分かってしまってた。でも内容が面白かったので全然気にならなかった。
引き込みの部分は客観での「極限状態(抗争)」を描く。ふと引きこまれたあとは、主観に移って「驚愕する人々」を全く別のところに置いて読者が「解決をしない」ようにする。「カウントダウン」を設定する。
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