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なぜ、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したのか?<1>

2016年10月、小説家や詩人、劇作家などに贈られるノーベル文学賞が、アメリカのシンガーソングライターでフォーク・ロックミュージシャンのボブ・デュランに授与されたときのことは今でも鮮明に覚えています。

受賞発表のあと、多くのメディアがこの話題を取り上げ、「文学界では衝撃が走った」と報じていました。なぜなら、ノーベル賞100年の歴史上、はじめて歌手が文学賞に選ばれたからです。

最近の受賞者には、ノルウェーの劇作家ヨン・フォッセ(2023)、フランスの作家アニー・エルノー(2022)、タンザニア出身の作家アブドゥルラザク・グルナ(2021)など。2017年にはイギリスの日系人作家カズオ・イシグロが受賞して日本中が湧いたのは記憶に新しい。

ノーベル賞の選考委員会はそれぞれに授与した理由を述べていて、ボブ・ディランの場合は、「偉大なアメリカ音楽の伝統にのせて新たな詩の表現をつくり上げた」と評価しています。そう、彼の歌詞がアメリカ音楽に新しい風を吹き込んだ、というのです。

そこでわたしたち英語文学サークルでノーベル賞の仮選考委員会を開き、ボブ・ディランがノーベル賞にふさわしい詩人か話し合いました。面白そうでしょ?

選考に先立って、議長がディラン受賞に対する世間の評価を調査したところ、なんとオンラインで見つかるコメントのほとんどがディラン受賞に「ノー」を突きつけているというのです。痛烈な批判のなかで、一際目についたひとつがこちら、

ディランは読まれるべきだか? ノー、読まれるべきではない。ディランの作品を聴くのではなく読むと、素晴らしいソングライターから、下手な韻律で書きなぐるへぼ詩人に格下げすることになる。

スウェーデン語に翻訳すれば詩のように聞こえるかもしれない。でも英語なれば、英語にすら聞こえない。

David Free, ”Bob Dylan, a great poet? A great delusion more like it ”
The Sydney Morning Herald, May 5, 2022

ディランの歌詞はそんなにひどい? どんなものか彼の代表作のひとつ「ミスター・タンブリンマン」歌詞の一部を取りあげてみます。

Mr. Tambourine Man

(1)
Hey! Mr. Tambourine Man, play a song for me
I’m not sleepy and there is no place I’m going to
Hey! Mr. Tambourine Man, play a song for me
In the jingle jangle morning I’ll come followin’ you
よぉ ミスター・タンブリンマン 僕に歌を聴かせてくれよ
眠れないし 出かけるあてもないんだ
よお ミスター・タンブリンマン 僕に歌を聴かせてくれよ
ジャンジャンやって明けた朝に お前のあとについていくよ
 
(2)
Though I know that evenin’s empire has returned into sand
Vanished from my hand
Left me blindly here to stand but still not sleeping
My weariness amazes me, I’m branded on my feet
I have no one to meet
And the ancient empty street’s too dead for dreaming
僕は知っている 夜の皇帝が砂のなかに帰り
この手から消えたのを
残された僕はなにも見えない闇に立たされ それでもまだ眠くない
驚くほどの疲労が 足に焼きついていて
ばったり出会う人もいない
古びた人気のない通りには夢を見るには生気がなさすぎる

<中略>
(3)
Hey! Mr. Tambourine Man, play a song for me
I’m not sleepy and there is no place I’m going to
Hey! Mr. Tambourine Man, play a song for me
In the jingle jangle morning I’ll come followin’ you
よぉ ミスター・タンブリンマン 僕に歌を聴かせてくれよ
眠れないし 出かけるあてもないんだ
よお ミスター・タンブリンマン 僕に歌を聴かせてくれよ
ジャンジャンやって明けた朝に お前のあとについていくよ

(4)
Then take me disappearin’ through the smoke rings of my mind
Down the foggy ruins of time, far past the frozen leaves
The haunted, frightened trees, out to the windy beach
Far from the twisted reach of crazy sorrow
Yes, to dance beneath the diamond sky with one hand waving free
Silhouetted by the sea, circled by the circus sands
With all memory and fate driven deep beneath the waves
Let me forget about today until tomorrow
この心に漂う煙の輪っかを通って 僕を消して連れてってくれよ
霧の立ちこめる荒廃した時間を進み 遠い昔の凍りついた葉
取りつかれ、怯えた木々、風が吹く砂浜に出て
狂いそうになるほどの悲しみのねじ曲がった力の及ぶ範囲からはるか遠く
そう、ダイアモンドのように輝く空の下でダンスをするのさ、片手をひらひらさせて
海にシルエットが浮かび、巻き上がった砂に取り囲まれ
波の下深くに沈むすべての記憶と運命とともに
今日のことを忘れさせてくれよ 明日がくるまでに

「ミスター・タンブリンマン」は1965年に発表された楽曲。21歳になる1962年にレコードデビューしてから3年後にリリースされ、フォークロックの概念を確立させた曲と言われています。

難解でいろんな解釈ができる詩という評判どおり、ちょっと意味不明なところはあるけど、現実から逃げ出したい若者の葛藤が垣間見えるとぼくには思えます。創造性に富んでいる詩という点がノーベル賞の決め手になった?
<つづく>

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