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【徹底解説】2nm半導体技術の未来:米中テクノロジー覇権争いと日本の戦略


1. 2nm半導体技術とは

2nm半導体技術とは、半導体チップの回路線幅を2ナノメートル級まで微細化した次世代プロセス技術のことです(1ナノメートル=10億分の1メートル)。最新世代の7nmや5nmプロセスのさらに先を行く最先端の製造ノードであり、スマートフォン向け高性能プロセッサや人工知能(AI)用アクセラレータなど、次世代の高度な半導体に用いられることが期待されています。ただし「2nm」という値はトランジスタの物理的なゲート長を直接指すわけではなく、技術世代の名称として使われています。

現在の最先端チップ製造では、回路パターンの露光に極端紫外線リソグラフィ(EUV)などを用いることで可視光より短い波長で微細な配線を形成します。2nm世代でもEUVがフル活用され、限界に近い微細加工が行われます。

2. 技術的特徴:GAAトランジスタへの移行

2nmプロセスの技術的な大きな特徴の一つが、トランジスタ構造の刷新です。従来の7nmや5nmで主流だったFinFET(フィン型電界効果トランジスタ)に代わり、ゲートオールアラウンド(GAA)と呼ばれる新構造が本格的に導入されます。GAAではトランジスタのゲート電極が電流の通り道であるチャネルを四方から囲むように配置され、電流制御性を高め漏れ電流を減らす狙いがあります。

IBMが2021年に試作した世界初の2nmチップでもこのGAA技術(ナノシート型トランジスタ)が採用されており、指の爪サイズのチップに約500億個ものトランジスタを集積しています。GAAはチャネルの四面をゲートが囲むため電流の制御性が向上し、より高性能かつ低消費電力のチップ実現に寄与します。

加えて、TSMCやサムスンの2nm世代では**裏配線(バックサイドパワーデリバリ)**技術の導入も計画されています。これは電源配線をトランジスタ層の下側に通す手法で、上層の配線混雑を緩和し電力供給効率を高める工夫です。こうした新技術により2nmプロセスはさらなる性能向上と省電力化を目指しています。

3. 2nmプロセスの性能向上と課題

2nmプロセスノードへの微細化により、理論上チップ性能は飛躍的に向上し電力効率も改善します。IBMによれば、2nm世代のチップは現行最高水準の7nm世代チップと比較して動作速度が45%向上し、消費電力が4分の1(75%削減)になる潜在性があるとされています。TSMCも自社の2nm技術(N2)について、前世代3nm(N3E)比で消費電力25~30%減、性能10~15%向上を達成すると公表しています。サムスンも同様に、次世代2nmプロセス(SF2)で3nm比性能12%向上・電力25%削減を謳っています。

しかし、技術的課題も極めて大きいです。トランジスタ寸法が原子レベルに近づき、微細加工のばらつきや量産時の歩留まり(不良率)が深刻な問題となります。例えばサムスンは3nm GAAで世界に先行しましたが、当初は歩留まり低迷に悩み、4nm世代では一時歩留まりが低迷してクアルコムがTSMCへ発注先を切り替える事態も起きています。2nmで安定した量産歩留まりを得るには、ナノメートル単位での欠陥制御や製造装置の更なる高精度化が不可欠です。また、EUV露光装置など1台数百億円とも言われる最先端製造装置を多数投入する必要があり、開発・製造コストは天文学的に増大します。このため2nm世代の量産に踏み切れる企業はごく限られた存在となっています。

4. トランプ政権の規制と米中テクノロジー覇権争いの影響

2nm技術の行方を語る上で、米中間の激しいテクノロジー競争と貿易摩擦の影響も無視できません。特にトランプ前政権以降、米国は先端半導体技術を巡って中国に対し厳しい輸出規制を次々と打ち出しました。これは中国の先端半導体の開発スピードに影響を与え、ひいては世界の半導体サプライチェーン分断や業界再編の動きを生んでいます。

4-1. 半導体輸出規制とファーウェイ問題

2018年頃から米政府は安全保障上の懸念を理由に中国の通信機器大手ファーウェイへの制裁を強化してきました。2019年5月、ファーウェイと関連企業を米国の**エンティティリスト(輸出禁止対象リスト)**に追加し、米国製の物品・ソフト・技術の提供を原則禁止。さらに2020年5月には、外国で米国技術を使って製造された半導体をファーウェイへ輸出・再輸出する場合にも米商務省の許可を必要とする規制(いわゆる直接製品規制)を導入しました。

この規制により、台湾TSMCが設計受託していたファーウェイの自社開発チップ「Kirin」の生産が事実上不可能となり、ファーウェイはスマートフォン向け最先端半導体の調達先を断たれてしまいます。その後も米国の規制強化は続き、バイデン政権下の2023年初頭には4Gスマホ向けを含む一切の半導体製品についてファーウェイ向け輸出ライセンスを停止する措置が取られました。これによりファーウェイは先端どころか汎用のスマホ用チップさえ米国由来技術では調達困難となり、自社ブランドのスマートフォン事業は大きな打撃を受けました。実際、ファーウェイのスマホ世界シェアは制裁前の2019年にトップクラスでしたが、その後急落しています。

このように米国の半導体輸出規制は中国ハイテク企業の競争力を直接削ぐ効果を持ち、先端半導体の入手を地政学的なカードにする動きが鮮明になりました。

4-2. 米中テクノロジー覇権争いの背景と業界への影響

米国による対中規制の背景には、次世代通信(5G/6G)やAI分野などでの技術覇権争いがあります。半導体は軍事や産業の基盤技術であり、米中双方にとって国家安全保障上も重要な戦略物資です。米国は最先端チップが軍事転用されることを警戒し、中国への製造装置輸出も制限しています。例えば中国の最大手ファウンドリであるSMIC(中芯国際)は2020年にエンティティリストに追加され、EUV露光装置など先端製造に不可欠な設備を入手できない状況にあります。このためSMICは7nm相当のチップを旧式のDUV(深紫外)装置で何とか製造する挑戦をしていますが、歩留まりや量産性の面で海外企業に大きく後れを取っています。

一方で中国政府も「半導体自給率向上」を国家目標に掲げ巨額の投資を行っています。米中デカップリング(経済分断)の中、国産装置や国内サプライチェーンの整備を急いでおり、一部ではDRAMやNAND型フラッシュメモリで中国メーカーが技術進展を見せています。しかし最先端ロジック半導体(プロセッサなど)の分野では、依然としてEUV装置を独占するオランダASML社や、日本・米国の素材・ソフトウェア企業の技術が不可欠であり、中国が2nm世代の開発競争に単独で追いつくのは困難との見方が一般的です。

この米中対立は、グローバルな半導体業界再編も促しています。米国は日本・欧州・台湾・韓国といった同盟国との協調(いわゆる「チップ4」や日米半導体協力)を進め、先端技術の共有や生産拠点の分散化を図っています。各国で半導体産業育成策が打ち出され、供給網の地域再編が起きつつあります。例えば米国ではCHIPS法による巨額補助金でTSMCやサムスンが現地工場建設中、日本も次節で述べるようにRapidusを旗艦として先端製造復活に動き、欧州もIntelや台湾勢を誘致しています。

こうした動きにより、将来的に半導体の供給網は米国陣営 vs 中国で二分される可能性も指摘されています。もっとも、半導体開発には各国の強み(米国のEDAソフト、日本の材料・製造装置、台湾の量産技術など)が複雑に絡み合っているため、完全な分断は容易ではありません。各プレイヤーは地政学リスクを睨みつつも技術連携を模索しており、この綱引きが今後の半導体競争の行方に影響を与えるでしょう。

5. 主要プレイヤーの最新動向

では、この2nm半導体技術の実用化レースを牽引する主要プレイヤーの動向を見てみましょう。IBMをはじめ、TSMC(台湾積体電路製造)やSamsung Electronics(韓国サムスン電子)といった半導体メーカー各社がしのぎを削っています。また、米中対立の中で新たな連携や競争も生まれており、業界地図が塗り替わる可能性も出てきています。

5-1. IBM:2nm技術のブレークスルー

IBMは2021年5月、世界初の2nmプロセス技術を適用した試作チップを発表し業界を驚かせました。そのチップは先述のGAAナノシート構造を採用し、指先サイズのチップに約500億個のトランジスタを集積しています。IBMの試算では、この2nm技術によりスマートフォンやノートPCの性能が45%向上し、消費電力は従来比75%削減できるとされます。

この成果はニューヨーク州のIBM研究所と同州立大学などとの共同研究で生まれたもので、GAAトランジスタの製造プロセス確立に様々なイノベーションが必要だったといいます。IBMは2014年に自社の半導体製造部門を売却して以降、製造そのものからは撤退しています。しかし半導体技術の研究開発には継続投資しており、今回の2nm技術も含めその知的財産を各社にライセンス供与するモデルを取っています。実際、IBMの2nm技術は日本のRapidus(ラピダス)社がライセンスを受けており、2027年までの量産実現を目指す計画です(Rapidusについては後述)。IBMは今後も材料開発や新トランジスタ設計で業界をリードしつつ、メーカーとの連携を通じ収益化を図る戦略です。

5-2. TSMC:2025年量産開始に向け順調

世界最大の半導体ファウンドリであるTSMCは、2025年後半に2nmプロセスの量産開始を予定しています。TSMCの2nmノード(N2)は同社初のGAA(ナノシート)トランジスタを採用し、性能・電力効率ともフルノード(従来比で大幅)向上を実現する次世代プラットフォームと位置付けられています。TSMCによればN3(3nm世代)からN2への移行でトランジスタ密度は約1.1倍強に増加し、消費電力は25~30%削減、動作速度は同等消費電力で10~15%向上するといいます。

現在、AppleやAMD、NVIDIAなど主要顧客が2nm世代のチップ設計に着手しており、TSMCはすでに2026年までの2nm生産能力についてAppleをはじめとする大口顧客から予約を受けているとも報じられています。TSMCは台湾・新竹に2nm対応の新工場を建設中で、地元政府の支援も受けつつ順調に開発を進めている模様です。他方で、安全保障や経済の観点から2nm技術の海外展開には慎重な姿勢を示しており、アリゾナ州など海外拠点では現状5nmや4nmまでの製造にとどめる見通しです。TSMCは圧倒的な顧客基盤と量産技術で一歩リードしていますが、今後も巨額投資と技術者の確保が必要であり、地政学リスク(台湾情勢)への対策も含めた経営手腕が問われています。

5-3. Samsung:GAA先行も歩留まり改善が鍵

韓国のSamsung電子もTSMCと並ぶ先端プロセス競争の雄です。サムスンは2022年6月に世界で初めて3nmプロセスでのGAAトランジスタ量産を開始し、市場を先駆けました。その延長上にある2nmプロセスは2025年の量産開始を目標としており、現在開発最終段階にあります。サムスンによれば2nm世代(SF2)は3nm世代に比べチップ面積5%縮小、性能12%向上、電力消費25%削減を達成する見込みです。さらに2027年には1.4nmプロセスも投入するロードマップを描いています。

しかしサムスンの課題は量産時の歩留まりです。3nm GAAでは当初、回路パターンの安定性確保に苦戦し、量産チップの良品率が低く抑えられたと伝えられます。一例として4nm世代ではスマートフォン向けSoCの受託生産で不良率が高かったため、米クアルコム社が製造委託先を途中からTSMCに切り替えたという出来事もありました。その後サムスンはプロセス改良で4nmの歩留まりを70%程度まで改善しましたが、依然TSMCに比べると量産技術への信頼性で見劣りするとの指摘があります。

2nm世代でサムスンが安定した大量生産を実現できれば評価は一変するでしょう。実際、韓国メディアの報道によれば2025年初め時点でサムスンの2nm試験生産の初期歩留まりは30%を超え想定以上に順調で、2025年後半には自社モバイル向けプロセッサ「Exynos 2600」の量産開始を計画しているとのことです。サムスンはメモリ分野で培った量産力と、政府主導の人材育成プログラムを背景に、TSMCとの差を埋めるべく開発を進めています。

5-4. その他のプレイヤー動向と業界再編の可能性

2nm世代を巡っては他にも注目すべき動きがあります。まず、米Intel(インテル)は近年ファウンドリ事業に本格参入し、2025年までに「Intel 18A」(1.8nm相当)プロセスで業界トップに返り咲くと宣言しています。インテルはかつて微細化競争で遅れを取りましたが、パット・ゲルシンガーCEO(当時)の下で積極投資に転じ、将来的にTSMCやサムスンからリードを奪還するとしていました。しかし2023年末にゲルシンガー氏が辞任するなど経営の不透明要因もあり、計画通りに1.8nm世代を実現できるかは不明瞭です。現在のところインテルの先端プロセスに外部顧客として名乗りを上げた大手はAWS(Amazonのクラウド部門)くらいで、まずは自社CPUへの適用が優先となりそうです。

一方、日米連携の新興企業として登場したのが日本の**Rapidus(ラピダス)**です。Rapidusはトヨタやソニーなど国内8社の出資で2022年に設立された半導体メーカーで、IBMからライセンスを受けた2nmプロセス技術を用いて2027年頃の量産を目指しています。Rapidusは日本政府からの強力な資金支援を受けており、「少量多品種のカスタムチップ」を主対象に据えてスタートしました。当面は莫大な投資が必要な汎用CPUやスマホSoCよりも、自動運転やAI向けの特殊用途半導体にフォーカスし、少量生産でも付加価値の高い市場で収益を上げる戦略です。

このアプローチは、大量生産で先行するTSMC・サムスンとは差別化を図りつつ、日本が得意とする車載分野などニッチ領域で存在感を発揮する狙いと言えます。これら主要各社の動向を見ると、2nm世代を巡る競争は**「TSMC vs サムスン vs (Intel/Rapidus)」**の構図になりつつあります。現状ではTSMCがリードしていますが、サムスンの巻き返しやインテルの参入、Rapidusなど新興プレイヤーの台頭により競争は激化するでしょう。

地政学的な要因も絡み、将来的に提携や再編も起こり得ます。例えば、技術や生産能力を補完し合うための国際的な連合や、特定顧客とファウンドリの垂直統合的な動きなども考えられます。2nm世代以降の覇権を握るのは誰か、目が離せない状況です。

6. 日本国内の2nm半導体競争力

米中対立や主要企業の戦略を踏まえ、日本の2nm半導体競争力を強化する取り組みにも大きな注目が集まっています。かつて半導体製造で世界を席巻した日本ですが、現在自前の最先端量産ラインはありません。しかし政府と産業界が一体となり巻き返しを図っており、研究開発投資や国内誘致、人材育成など多方面から競争力強化策が進められています。

6-1. 日本企業の研究開発・投資動向

日本企業も2nm世代を見据えた研究開発や戦略投資を進めています。例えばソニーはTSMCと共同で熊本県に半導体工場を建設中で、2024年以降に22~28nmプロセスのイメージセンサー用ロジックを量産開始する計画です。これは直接2nmではありませんが、国内に先端製造拠点を取り戻す第一歩として位置付けられます。ソニーはRapidusにも出資しており、将来的には自社の高性能イメージセンサー向けに2nm級AIプロセッサを国内調達することも視野に入れているでしょう。

ルネサスエレクトロニクスは自動車向けマイコンなどを主力としますが、先端プロセスの活用にも積極的です。自社工場は40nm~65nm世代が中心ながら、一部先端品はTSMCなど外部ファウンドリを利用しており、5nm世代の車載半導体開発にも取り組んでいます。また、ルネサスは国内設計人材の育成や海外企業買収による技術獲得を通じて競争力維持を図っています。

メモリ分野では旧東芝メモリのキオクシア(Kioxia)が最先端を走ります。キオクシアは3D NANDフラッシュで2030年頃の次々世代(1xx層)にEUVを導入する可能性を示唆しており、Micronなど海外勢と競争しています。ロジックの2nmとは分野が異なりますが、微細化限界に挑むという点で共通しており、日本企業も一部では先端製造技術を保持しています。

このように、日本企業各社は直接2nmロジックを量産できなくとも、それぞれの強みを活かして先端半導体技術に関与しています。特にソニーやトヨタといった最終製品メーカーがRapidusに参加した意義は大きく、ユーザー企業自ら半導体基盤技術に投資する姿勢は日本の競争力強化に繋がるでしょう。

6-2. 政府の補助金・支援策と国内誘致

日本政府は半導体を経済安全保障上重要な戦略物資と位置付け、数千億円規模の補助金による産業支援を打ち出しています。Rapidusに対してはまず700億円の補助金交付を決定し、さらに2023年には追加で2600億円の出資・補助を行いました。2020年代後半までに総額1兆円規模の投資も視野に入れており、日本政府としても異例の厚遇と言えます。

この資金はRapidusの北海道・千歳市での最先端工場建設や、人材招聘、IBMとの技術提携費用などに充てられます。政府主導でこれだけの巨額投資が行われるのは、日本が国家プロジェクトとして2nm技術を確保しようとしている表れです。

また政府は海外先端企業の誘致にも積極的です。前述のTSMC熊本工場には約4760億円もの補助金を投入し、地方自治体とも連携して受け入れ態勢を整備しました。今後も、例えば第2のTSMC工場誘致や、米Intelのパッケージ拠点誘致などが取り沙汰されています。加えて、半導体製造装置メーカーの誘致・強化も図られており、蘭ASML社がRapidus工場に近接する形でサービス拠点を新設する計画も明らかになっています。

オランダのASMLは極めて貴重なEUV露光機を独占製造する企業で、その拠点誘致はRapidusへの機材供給と保守を円滑にする意味合いがあります。このように政府は資金面・政策面から総合的に国内半導体産業をテコ入れしており、「民間+政府」のオールジャパン体制で2nm世代に挑もうとしています。ただし数兆円規模の投資が必要とされる中、政府負担だけでなく民間からの追加出資や海外企業との協調も不可欠です。実際、Rapidusにはデンソー、ソニー、NEC、NTTなど国内大手8社が出資参画しています。今後も国内外の協力を取り付けられるかが、日本の先端半導体プロジェクト成功の鍵となるでしょう。

6-3. 大学や研究機関の共同プロジェクト

日本の2nm競争力強化において、産学官の連携も重要な柱です。2022年12月にはRapidusや産総研(産業技術総合研究所)、理化学研究所、東京大学などが参画して「LSTC(技術研究組合 最先端半導体技術センター)」が設立されました。現在までに東京工業大学、東北大学、大阪大学、九州大学など計16機関が参加しており、次世代半導体技術の共同研究開発と人材育成を推進しています。

LSTCでは2023年度より「Beyond 2nm及び短TAT半導体製造に向けた技術開発」というNEDOプロジェクトを開始し、2nm以降を見据えたデバイス材料やプロセス技術、リソグレーション高速化技術などの開発を進めています。併せて「2nm世代半導体技術によるエッジAIアクセラレータの開発」というプロジェクトも動いており、生成AIなどの需要に対応した省電力AIチップの国内開発を目指しています。これらは海外研究機関とも協力しながら進める計画で、オープンイノベーションによって日本発の先端技術を創出する狙いがあります。

さらに、国内大学では文部科学省支援の「集積型グリーン社会基盤技術(Green-niX)」プロジェクトなど、ポストCMOS(次の半導体スイッチ)を睨んだ研究も活発化しています。例えば東京工業大学や東北大学では2次元原子膜(グラフェン等)を使ったトランジスタ研究、東大・慶應義塾大などでは光やスピントロニクスを活用した新原理デバイス研究が行われています。これら基礎研究が実を結べば、2030年代以降の「ポスト2nm」時代に日本がリードできる可能性もあります。

このように、日本は企業・政府・大学が結集したコンソーシアム型プロジェクトで2nm競争に挑んでいます。人材不足が叫ばれる中、次世代を担う研究者・技術者の育成も急務であり、各大学や高専ではカリキュラム強化や留学生招致などに取り組み始めています。長期的視野でのエコシステム構築が、日本の半導体競争力回復には不可欠と言えるでしょう。

7. 2nm技術が抱える課題と今後の展望

最後に、2nm半導体技術に横たわる課題と、その克服による将来的な社会・経済への影響について整理します。微細化競争の先が見え始めた現在、技術革新は新たな局面に突入しています。

7-1. 2nm世代の主な課題

  • 高コストと量産化の難しさ: 2nmプロセスの開発・製造には莫大な資金と高度な装置が必要です。最新工場の建設には数兆円規模の投資が避けられず、装置納期も長期化しています。また、量産初期には歩留まりが低くコスト高となるため、製品当たり利益を確保しにくいという問題もあります。

  • 人材不足: 半導体製造に携わる熟練エンジニアの不足も深刻です。先端プロセス開発は一部のトップ企業に集中し、人材需要が世界規模で高まっています。日本でもRapidusがアメリカ・ニューヨーク州に開発拠点を置き、現地の人材やIBMの100人以上のエンジニアと連携して開発を進めており、国内でも人材育成が急務となっています。

  • サプライチェーンの分断リスク: 2nm世代の製造装置・素材はごく一部の国・企業に偏在しており、地政学リスク次第では供給が滞る可能性があります。台湾有事などでTSMCの生産が止まれば世界中のハイテク産業が打撃を受けるため、各国でのサプライチェーン多元化が模索されています。

  • 物理限界への挑戦: 2nmはシリコンCMOS技術の物理的限界に近づき、リーク電流や配線抵抗などの問題が顕在化します。3次元集積や新材料トランジスタ、量子コンピューティングなど、異なるアプローチも今後は重要となるでしょう。

7-2. 2nm技術の社会・経済への影響と展望

これら課題を克服し2nm半導体技術が実用段階に入れば、その社会・経済への波及効果は極めて大きいものとなります。チップの高性能化・低消費電力化は、AIや5G/6G通信、IoT、自動運転、バイオテクノロジーなど様々な重要分野の進歩を加速させると期待されています。例えば、より高速なAIプロセッサが利用可能になれば機械学習の性能が飛躍的に向上し、新薬開発や自動運転の安全性向上などに直結します。通信分野でも低電力な先端チップは基地局や端末のエネルギー効率を高め、カーボンニュートラルにも貢献するでしょう。

経済的にも先端半導体は国家間競争の要となっています。最新の2nmチップを安定供給できる能力は、その国のハイテク産業競争力を左右し、ひいてはGDPや雇用にも影響します。米国が半導体製造の国内回帰を図り日本が巨額支援するのも、経済競争力と国家安全保障の観点から先端半導体確保が極めて重要だからです。将来、2nm技術を制する国・企業がAI・量子・宇宙開発といった新領域でも優位に立つ可能性が高く、各国とも戦略的投資を惜しまなくなっています。

もっとも、消費者の視点では「微細化=性能向上」のメリットが以前ほど体感しにくくなっている側面もあります。スマートフォンやPCの性能は既に過剰とも言われる中、2nmへの移行コストに見合うイノベーションを如何に創出するかが問われます。業界では専用チップ(アクセラレータ)の活用やソフトウェアとの協調最適化など、新たな価値創出の取り組みも進んでいます。2nm技術は単なる高速化競争ではなく、省エネや新機能創出による付加価値競争の時代を本格化させるでしょう。

8. まとめ:世界の半導体競争の行方と日本の役割

2025年時点での2nm半導体技術をめぐる状況を概観すると、米台韓を中心に熾烈な開発競争が展開され、そこに日本も国家的プロジェクトとして参戦しつつある構図が見えてきます。世界の半導体競争の行方は、技術革新だけでなく地政学や経済安全保障といった要素とも複雑に絡み合っており、まさに21世紀の覇権争いの縮図とも言える様相を呈しています。

その中で、日本が果たすべき役割も明確になりつつあります。かつての栄光を取り戻すのは容易ではありませんが、材料・装置・設計力といった強みを活かし、日米欧台韓の連携の中で日本の2nm半導体競争力を発揮していくことが期待されます。Rapidusを中心とした取り組みが成功すれば、日本国内で先端チップを生産できる体制が整い、供給網多元化(サプライチェーン・レジリエンス)の観点でも大きな意義を持ちます。

また、人材育成や基礎研究の強化を通じてポスト2nmのゲームチェンジャー技術を生み出せれば、日本が再び半導体技術のフロントランナーとなる可能性もあります。半導体は「産業のコメ」とも称され、現代社会の礎です。その最先端を巡る競争は今後も激化するでしょうが、日本が適切な投資と戦略により存在感を示せるかどうかが問われています。2nm技術への挑戦は日本にとって試練であると同時に、大きなチャンスでもあります。官民挙げたオールジャパン体制でこのチャンスをものにし、世界の半導体競争において日本が重要な役割を果たすことを期待したいところです。

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