「TIRPSEが始まる前にカンテサンス入ってみた。」
1人のソムリエさんの生き方が、誰かのサンプルになれば。
2013年5月
白金台といえば「カンテサンス」という三つ星レストラン。
電話を切った瞬間、次の電話が鳴るような、人から聞いたら「嘘だろ!」ってレストランで、ボクは働いていた。
・・・ちょっと時は戻り、2011年 秋。
フランス・ボルドーの2つ星レストラン「コルディアン・バージュ」でソムリエをしていたボクは、帰国したらどこで働こうか考えていた。
ワーキングホリデーのため、1年間限定のフランス滞在。
入国時も帰国時も仕事は決めてはおらず「自分の可能性は広い。」
と意味不明な自信を持ちなんの保証もないまま生きていた。
コルディアン・バージュからは「労働VISAを出すから残って欲しい。」とお話しはもらっていたけれど、フランスでの生活が、淡々と日常をこなせ始めていたので、日本に帰るほうがリスクを取れる気がして帰国を選んだ。
働きたいお店はどこか?
当時、ネットで調べる限り西麻布「レフェルヴェソンス」が最有力
銀座「ロオジエ」
恵比寿「ロブション」
白金台「カンテサンス」が並んで候補という感じだった。
(どんだけ上からなの)
フランスにいる時は
「将来的にコンサルタントのポジションに行くために一回店づくりを経験する」
という気持ちで、そこからの逆算で動き出すつもりだったので、名前がある所で働きたいという、わかりやすい理由もあった。
そして、ボクは帰国したままでスーツケースを東京駅に預けて
レフェルヴェソンスに食事に行く。
まず。
その方、今はいないし、レフェルヴェソンスとボクの関係は良好です。
で、レフェルヴェソンスで、そのとき接客してくれたソムリエさんとは
「とにかく働きたくない!」と、思ったので
「え〜このレストランでは働けない〜ど〜しよ〜」ってマジで悩んでいた。
どこ行っても雇われる前提だったので、かなり余裕かました就職活動。
ここで気づく。
あ、どこも雇ってくれなかったら、どうしよう。。。
その日の夜、アパホテルでマジで悩んだ。
飲みに行くお金もない。なんなら、生活費なんて何にも無い。
知り合いもいるわけじゃ無いし、Bプランもない。
そこで、やっと
「仕事見つからなかったら、どうしよう。」となった。
やばい。やばすぎる。フランスに残ったらよかったじゃん。
持ってたスーツも帰国前に、間違って洗濯+乾燥かけちゃって縮んでるし、ちゃんとした服装は持ってない。
そんな時に「カンテサンス vs ロブションのフットサルがあるから来なよ」というメールをもらい、またまたスーツケースを持って移動し、そんなトップ2レストランのフットサルに混ぜてもらう。
そこでの活躍が生きたのか⚽️
カンテサンスでサービスの枠があくからなのか、
お話をいただき、またスーツケースを持って白金台に面接に行くことに。
カンテサンスは、その前にも3回ほど食事に行っていて、料理もサービスも超〜レベル高いし、働くのは怖かった。
どこだって、初めての職場に行くのは怖い。けど、その最高峰。
フランスでの週休2,5日、洗い場もスタッフも沢山いて、ワインのサーブだけやったら「お疲れ〜」みたいな生活に慣れていたから、1番下から三ッ星レストラン始めるのがどんどん怖くなってくる。
…で、面接も受かっちゃった。やばたん。
人生ってのは、わからんもんで。
まさか、その場所で2年働いたのちに
同じ場所で5年半も自分のレストランをやることになる。
まずは初日。ど緊張して、最初のプラチナ通りをくだり始める。
手袋を買うのも悩むほどお金がない、冬だった。