記憶は脳だけのものじゃない?体全体が秘める“思い出”の謎に迫る新研究 ニューヨーク大学(NYU)
私たちが普段「記憶」と聞いてまず思い浮かべるのは脳です。脳内の神経細胞が情報を蓄積し、過去の出来事を思い出すプロセスを司っていると考えられています。しかし、ニューヨーク大学(NYU)の新たな研究は、この一般的な見解に一石を投じました。なんと、記憶は脳だけでなく、体全体に宿っている可能性があるというのです。
研究チームは、この仮説を検証するために、海洋性環形動物「シーレモン(学名:Aplysia)」という小さな生物に注目しました。シーレモンは神経系が比較的単純であるため、学習と記憶の仕組みを研究するモデル生物としてよく利用されます。この研究では、シーレモンに特定の電気刺激を与え、学習の一環として「危険を避ける行動」を記憶するよう訓練を行いました。その後、研究者たちはこの訓練による記憶が脳以外の組織にも記録されているかどうかを調べる実験を開始しました。
驚くべきことに、シーレモンの異なる部位、特に神経末端や繊維組織においても記憶の痕跡が発見されたのです。この発見は、記憶の一部が脳以外の組織に保持される可能性を示しており、長年にわたる「記憶=脳」の常識に新たな視点を提供しています。
では、具体的にどのようにして脳外に記憶が残るのでしょうか?研究者たちは、脳内の記憶メカニズムと同様に、シナプスと呼ばれる神経間の接続部分が、刺激に応じて一時的または長期的に変化することを確認しました。これにより、脳に限らず、体内の他の神経部位も経験を記録することができると考えられます。つまり、記憶は脳という中枢の指令がなくても、一定の神経回路が整っていれば、体内の各部位がそれぞれ独自の「記録装置」として機能する可能性があるのです。
この発見は、人間の記憶メカニズムについても重要な示唆を与えます。例えば、運動や体験によって培われた「体が覚えている感覚」が脳ではなく筋肉や神経に蓄えられている可能性も示唆されます。これまで、スポーツやダンスなどで何度も練習を重ねることで「体が覚える」という感覚を経験した人も多いと思いますが、これが科学的な根拠として解明される日も近いかもしれません。
また、この研究は神経学的な疾患の治療にも応用の可能性を広げます。もしも記憶が脳以外の組織に蓄積されることが分かれば、記憶障害を抱える患者に対して脳以外の組織を対象とした新しい治療法が生まれる可能性があるのです。例えば、パーキンソン病やアルツハイマー病の治療法が脳内の神経再生だけでなく、体の他の部位に焦点を当てたアプローチになるかもしれません。
さらに、これはテクノロジーの分野にも影響を与えるでしょう。生物学に基づく記憶システムの理解が進むことで、AI(人工知能)における記憶の概念や学習メカニズムも大きな変革を遂げるかもしれません。AIは今まで人間の脳のモデルをベースに進化してきましたが、今後は体全体で情報を保持する新たなモデルがAIに応用されるかもしれないのです。
NYUのこの研究は、記憶に関するこれまでの常識を打ち破り、脳を超えて体全体に記憶が宿る可能性を示唆しています。私たちが「記憶」をどのように捉え、理解しているか、その枠組みを根本から揺るがす発見です。この先、記憶の研究がさらに進み、私たちの理解がどこまで広がるのか注目されます。
詳細内容は、ニューヨーク大学が提供する元記事を参照してください。
【引用元】
【読み上げ】
VOICEVOX 四国めたん/No.7