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書評 佐賀の薬草
敬愛する会員諸兄姉の職場もそうである所が多いと思うが、我が病院も風光明媚な土地に配置されている。身土不二、病を癒す手がかりは必ずその環境にあるはずである。また、「薬は何から出来ているのか」と問う患者さんの言葉も有り、周囲の薬草を日々観察しては病院の会報誌にあげる光栄に甘んじている。今回はその参考文献の一つとなっている本の書評をもってこのエッセイ原稿の任に当たりたいと思う。
蔵する版は第二版、1990 年 12 月 25 日発行である。初版は同年 10 月 1 日のため、妙に期間が短いように思う。爆発的に売れたか少部数で刷ったら足りなくなったかどちらかであろう。あとがきの「小型マイコン PC-286」という記述が一定以上の年齢に達した人間の感慨を深くさせる。そして主要文献は57種類にも及ぶ。「植物図鑑」「薬用植物大辞典」等に混ざって「風俗辞典」「年中行事辞典」という何故そこに至ったか不明な書名も存在する。佐賀県の薬草話であるが、厚生省(当時)の「全国食中毒事件録」チェックも忘れない。
そして地理にも地学にも疎いおともだちのためにまず佐賀県の薬用植物概観として玄界灘沿岸・佐賀平野・背振山地・堆積岩・玄武岩等の特色と垂直分布・広域分布が語られる。そんな薬効には関係ない所を置いて読み進めると野生 260 種+栽培 96 種という膨大な数の薬草が皆様をお待ちしている。写真には全て撮影場所と撮影月が記載されており、ある程度覚えていれば隣県である当地のフィールドワークにも最適である。ちなみにケシは佐賀市で撮影されている。カンサイタンポポも見事小川島という所で見つけておられる。木通はアケビ、ミツバアケビ、ゴヨウアケビと揃えてくる。天南星(テンナンショウ)もマムシグサ、ナンゴクウラシマソウ、ムサシアブミと集めている。余談だが「テンナンショウ類」という項目で載せられているため、五十音順記載に油断して「マムシグサはどこにあったかな」と探すと見つからないという羽目になる。閑話休題、枳実(キジツ)はウンシュウミカン、カラタチ、ダイダイ、ナツミカンと別掲載されている。何故か牛膝(ゴシツ)はイノコズチの写真のみとなっている。ここまで植物図鑑の形態を保ちながらラテン名の記載はない。その代わり佐賀の方言がある。麦門冬(バクモントウ)ジャノヒゲの呼称が「ネコノチンチン」でも記載に問題はない。また茵蔯蒿(インチンコウ)カワラヨモギは「県内では河原には見出されていない」とツッコミも忘れない。随所に挿入される余談も楽しい。屠蘇の話、薬用成分、サフラン栽培記、植物の渋み…等々。中でも特筆すべきは「路傍の薬草出現頻度」、5×5mの面積を95箇所、薬草の生育状況を調べ出現率の高い順に 20 種並べているというものである。A5 半ページのコラムにどれだけ時間と手間をかけたのか。上位 20 種ということは、実際の数はそれ以上なのか、止める人はいなかったのか。1位ヨモギの71%という数字に科学的検証の重要性を考えさせられる。そして当然薬用成分には化学式も添えられており、薬学が理科の一辺を担うものであることを改めて想うことが出来る。
これらはほんの一部分である。幾星霜経とうともこの本は人を飽きさせない。もしこの本に携わった方に巡り合えれば是非お話を伺いたい。また現在はどうなっているのだろうか。「新佐賀の薬草ゴールド EX」とかになってたらいいのになと薬屋らしく落ちて終わろうと思う。
以上、ジャンケンで負けた為会誌のエッセイを書く事になり書いた文章。せっかく書いたのでここにも載せておこうと思う。
上海リーズ