【ATEEZ 世界観⑧】 GOLDEN HOUR : Part.1 DIARY ver. ストーリー和訳
ATEEZの10thミニアルバム『GOLDEN HOUR : Part.1(DIARY ver.) 』に収録されているストーリーを日本語訳しました。
GOLDEN HOURシリーズ1作目であり、Z次元での冒険のその後が描かれます。
GOLDEN HOUR : Part.1 ◀いまここ
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あらすじと概要
今作『GOLDEN HOUR : Part.1』では、もといたA次元に舞台を移し、Z次元での冒険のその後が描かれています。
本編
00. INTRO
After the red moon rises
Zが消えたZ次元で、ATEEZを知らない人は誰もいなかった。黒い海賊団とサンダーは感情統制から解放されることを決めた者と、感情統制下にいることを決めた者が共存して生きていけるように、自立的な秩序を構築していくことにした。
彼らの世界はその世界を愛する人々に任せ、僕らは僕らの世界に帰ってきた。
A次元に帰ってきたあとも、僕たちはまだ浮かれていた。ともに冒険して戦った時間が、まざまざと肌に刻み込まれたようだった。
その鮮烈な記憶を抱いて、僕たちはふたたび一緒に夢を見ることにした。
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あれから3年が経った。
今、僕らは夢の外側の人生を生きている。
01. HONG JOONG
それぞれが貯金をはたいて一番手頃な練習室を借り、ダンスをして、歌を歌った。ここでは彼らを――すなわちATEEZを――知る人は誰もいなかったが、彼らは鏡に反射した自分たちの姿を見て、そこで英雄同然だったあのときを思い浮かべた。いや、〝酔っていた〟という表現が正しいだろう。酒に酔って楽しい時間を過ごしたあと、必ず朝が来て酔いが覚めるように。彼らは深い二日酔いとともに、目の前に置かれた現実と向き合わなければならなかった。夢を見るにはお金が必要だったため、生計を立てるのも手一杯の生活で、練習室に集まる日の間隔は次第に開いていった。たとえ集まったとしても、メンバー全員が集まる日はまれだった。
仕事が忙しくて来られないメンバーを責めることもできなかった。夢だけでは成り立たない人生、それを認めることがすなわち大人の生き方であることをみな知っていたので、「残念だけど、次は必ず会おう。忙しいだろうけど仕事がんばれよ!」と挨拶を交わすことが、寂しい気持ちをなぐさめる唯一の方法だった。ホンジュンはメンバーたちとのつながりを着実に築きたいと思い、定期的に集まって食事でもしようとしたが、それすらも容易ではなく、いつの間にやら年に一、二回集まればよく会っている気がするようになった。
空いた時間の中で、ホンジュンはアルバイトと個人練習をして日記を書いた。日記を書いているうちに、ふと、Z次元であった出来事が薄れていくことに気がついた。そこで、個人ブログにホンジュンとメンバーたちが経験したあの場所でのことを書きはじめた。「小説ですか? 続きが気になりますね」というコメントに触発され、旅行記録文はいつしかSF小説のフォーマットを整えていき、数えるほどしかいなかった読者は話が進むにつれ指数関数的に増えた。
出版社のオファーを受けて本として出版し、ベストセラーになり、読者との交流会、特別講演、教育番組の性質を帯びた芸能番組にも出演した。
若い読者が熱狂する作家としてテレビやSNSで顔が知られるようになり、「有名になれば失った家族を取り戻せる」と漠然と信じてアイドルを夢見たホンジュンの話も一緒に広まった。偶然その番組を見た父親と、小説を読み、作家について調べていたところホンジュンのSNS動画を見た母親から連絡があり、ホンジュンがあれほど望んでいた――家族との再会が叶えられた。裕福な暮らしと再会した家族、人前で堂々と名乗れる体面のいい職業、放送に出て得た大きな名声。ホンジュンが成し遂げようとしていたことをたしかに成し遂げた。嬉しくて幸せだった。
笑顔で部屋に入って、ドアを閉めたあと。深いため息が思わずこぼれた。ため息があまりにも大きくて、自分でも驚くほどだった。(なんなんだ? この虚しさは?)たった今、華やかな舞台を終えて降りてきたような気分だった。月明かりに照らされた部屋の中で、ホンジュンは考えた。(僕が本当に望んでいたのは、こんなことだったのかな?)
02. SEONG HWA
「うちの娘がその本をすごく好きだから自分でも読んでみたんだけど、40年の教育課程だのガーディアンだの、ちょっとばかばかしくないか?」
ソンファの机の上に置いてあるホンジュンの小説を見て、消防署の班長が言った。同意を求める班長の顔に、ソンファはなんと答えたらいいかわからなかった。
(ばかばかしいと思いますが、僕と友人たちが実際に行って、直接見て体験したんです)と言えば、気でも触れたかと言われるかもしれない。なんと返そうか考えていたそのとき、出動ベルが鳴った。
Z次元で救えなかった人々の残像が、ソンファを長いあいだ苦しめた。少年と少年の兄。すすんでATEEZと志をともにしてくれたが、ガーディアンの攻撃にこの世を去った黒い海賊団とサンダーのメンバー。広場に見せしめのように吊るされていた感情誘発者たちの遺体が、目を開けているときもちらちらと浮かんだ。道を歩いていても、似たような顔、似たようなシルエットを見ただけで胸が痛んだ。そのたびに、ソンファは彼女を思い出した。Be Freeのブレスレットを残して消えた彼女。サンダーのリーダーである彼女は、どうしているだろうか?
彼女だったら、きっと「自分自身を救う方法を探して動け」と言うだろう。それがすなわち人助けの方法だ、と言って。〝そうだ、まずはこの不安症から僕を救うんだ〟ソンファは様々な危機的状況で人を救う方法を探して勉強しはじめた。そうするうちに消防公務員準備生が学ぶ教材に触れるようになり、メンバーたちとの練習が少なくなって、自然と試験を受けることになった。幸か不幸か、気質的に体系的で計画的なせいで勉強はそれほど難しくなく、こつこつと運動もしてダンスも踊っていたおかげで実技試験も難なく通過した。
そうしてソンファは消防士になった。不安をしずめるために始めた一風変わった趣味が、仕事になってしまったのだ。消防士になることは夢ではなかったが、夢ではないと断じたからこそやるべきことが具体的で、メンバーたちとの漠然とした夢に比べ、やめる理由もなかった。火災と戦い、危機に瀕した人々を救う仕事は予想以上にやりがいがあった。舞台の上に立って多くの人の歓声と拍手を受けることはできなかったが、救出した人々とその家族から、素朴だが心のこもった感謝と拍手を受けることができた。温和な顔つきと並外れた身体能力のおかげで、消防防災本部で制作するカレンダーのモデルに選抜されることもあった。カメラの前でポーズをとりながら、ソンファは心地よい緊張感と同時に虚脱感を覚えた。あれほど憧れ、望んでいたときはカメラの前に一度たりとも立つことができなかったのに、消防士になってはじめて立つことができるというのは皮肉なことだった。
その日、消防署の事務所に戻ってきたソンファは、机の上に置かれたホンジュンの小説を読んだ。
03. YUN HO
ギターを弾き語るユノの歌に、キャンプファイヤーの周りにいた人々は静かに目を閉じ、聞き入っていた。
「ユノの歌を聴くと、少し前に読んだ小説の中の世界を思い出す」と、一人の学生が話を切り出した。
火を中心に集まって座る教授と学生たちの後ろを、砂煙が通り過ぎた。今、ユノはエジプトに来ている。
当初、ユノはメンバーが集まるときは欠かさず参加しようと努めていたが、この集まりが長くは続かないことを、早いうちからわかっていた。Z次元では、彼らはまさしく英雄だった。逆境や苦難はあの場所にもあったが、今こことは違ってきわめて具体的で、戦うべき敵も明確だった。それならば、ここA次元はどうだろうか? 苦しいことには違いないが、何が苦しいのか明確に具体化するのが難しい不明瞭な逆境や苦難。戦うべき敵は自分以外のすべてかもしれないし、そうではないかもしれない。熱心に練習をしてオーディションを受け、バスキングをしてみたが、むしろZ次元よりここの方が冷たい、と感じる日がだんだん増えていった。人々が笑い、泣く声は彼らの手の中にあるスマートフォンから聞こえるだけで、その画面を見ている人々は無味乾燥な表情で手早く次の動画、また次の動画へとスワイプし、新しく速い刺激だけを求めてさまよっていた。
スピーカーから大音量で自分たちの音楽が流れるときには激しく踊ってみたが、ちらりと横目で見て、またスマホに戻っていく視線にメンバーたちは動揺した。いっそ感情がないかのように見向きもしなければ闘志でも燃えていたのだろうが、一瞬注目してすぐにそらされる視線と、短い動画に収めて最後まで聴くこともなく立ち去る足取りに、どうしたらいいのか見当もつかなかった。いや、本当はみんな痛かった。元来、高いところに登れば登るほど、落ちるときは痛いものだから。
みなが初めて経験する形の傷なので、傷なのかもわからず、ともに分かち合うこともできなかった。次第に練習室に集まって歌ったり踊ったりするのが面白くない、と感じる瞬間が増えていった。メンバーたち全員がそうだったのかはわからないが、少なくともユノはそうだった。
夢について語る回数が減り、練習室に集まる日の間隔が長くなるにつれ、ユノも自然と他の関心事に興味を持つようになった。Z次元にだけあると思っていたクロマーをA次元のマヤ文明展示会場で見つけ、その神秘的な遺物と遺跡に心を奪われた。研究で明らかになった事実のほかにも、新たな秘密を隠し持った遺物がきっとまだまだあるはずだ、と確信している。
ピラミッドの中へと入りながら、ユノはこんな想像をする。もしかしたら、そんな遺物を見つけたならば、別の次元へ行くことができるかもしれない。その日が来るなら、メンバーたちとまた新しい冒険をしたい、という想像。
04. YEO SANG
〝ヤング・アンド・リッチ〟〝トール・アンド・ハンサム〟がまさしくヨサンだ、と社員たちは言う。株式投資によって莫大な富を築いたヨサンは、父の手を借りずに自分だけの事業を始めることができた。認めたくはないが、お金の流れを読む才能は父に似ているようだった。果敢に投資したスタートアップがユニコーン企業に成長する快挙を成し遂げるなど、神がかりな投資の実力によって一人で運営していた小さな法人は次第に規模を拡大し、三年を経て立派な会社となった。
「クラシック音楽を専攻されるうちに大衆音楽にも興味をお持ちになったと伺いましたが、どうしてまったく違う道に進むことになったんでしょう。特別なきっかけがあったのでしょうか?」〈ビジネスグローブ〉の記者がヨサンに尋ねた。「盲目性は魅惑的で崇高なものですが、陥穽に陥る可能性もある、ということに気づいたんです」ヨサンはあいまいな言葉で返事をして、しばし物思いにふけった。
ふたたびこの場所に戻ってきたあと、ヨサンはメンバーたちが微妙に、しかし確実にどこか変わっていると感じた。盲目的な片思いにしがみついていた時期を過ぎ、思い通りにならない恋は執着を捨て手放さなければならない、と悟った人のようだと言えるだろうか? 黒いフェドラの男たちに会う前――Z次元に初めて旅立つ前――には少年だった自分たちが、トンネルをくぐり抜けたあと、大人になってしまったのだ。メンバーたちの変化に気づいてはじめて、ヨサンは自分も変わったという事実に気がついた。
夢への挑戦と努力が崇高に感じられたのは、夢がすなわち自分に下された運命であるかのように盲目的に受け入れ、それだけが正しいと感じていたからだ。だから夢以外の人生は恐ろしいもの、敗北したもの、恥ずかしいものでしかなかったし、だからこそZ次元に行く前、自分たちは深い敗北感に浸っていたのだ。盲目性の罠にはまったから。
だが、Z次元で自分たちは感情や芸術、夢や希望が大切だという事実と同時に、画一的ではなく生きるということ、盲目的な信念がひどい地獄を作ることもある、ということを経験した。だから、みんなこれまで通り夢への挑戦を続けようと言いながら、それぞれ新しい様々な可能性の種を胸に抱いたのだろう。ヨサンはそう考え、メンバーたちも意識的にしろ無意識的にしろ、そう感じているはずだと信じていた。
芸術と相反するように見えるが、決して切り離すことができないのがお金である。歴史的にも、芸術は王や貴族の嗜好品として成長し、それに反発して異なる形式の芸術も誕生してきた。ともに夢を見る上でもっとも大きな障害にもなった〝お金〟について掘り下げることにして、ヨサンはたちまち投資業界の大物となった。大部分は収益を上げたが、損失が出ても芸術業界に定期的に投資し、その中にはホンジュンの小説を出版したところもあった。
05. SAN
「小さい頃からうんざりするほど引っ越しを繰り返して、どこかに根を下ろして生きる人生を夢見ていたけれど。今になってみると、ただ僕の四柱に駅馬殺があるのかもしれないね」済州島の潮風に吹かれながら、サンはひとりごとを言った。
フードトラックに積まれた什器が、サンの言葉に相づちを打つようにがたがたと音を立てた。真っ黒に日焼けした肌から、彼がどれほど長い時間を放浪したのかが感じられた。
一人、二人とそれぞれの夢を見つけていくメンバーたちを見ながら、サンは引きとめることも、だからといって自ら発破を掛けて立ち上がることもできなかった。ここ以外には、特に行くあてもなかったからだ。仕事が忙しくなり、メンバーの半分以上が練習室に来られなくなったある日。味気ない練習を終えたサンは、むなしい気持ちにわけもなく足の向くまま路地を歩いた。今ではあまり見かけない昔ながらの店の小さな縁台に座って、ビールを一缶開けた。「悲しいかといえばそうでもなくて、嬉しいかといえばそういうわけでもない、この感情はなんだろう? 〝笑えるけど悲しい〟って、こんな感じなのかな?」習慣のように一人つぶやくと、「夜でもないのに、若いやつがこんなところで何やってんだ?」と言う声が横から聞こえた。向かい側の路地で粉食屋台を営むおじいさんだった。すかさずサンが聞いた。「おじいさんは、粉食店をするのが夢だったんですか?」おじいさんは少し怒った顔になって、「食っていくためにやってる仕事だ。夢が何だってんだ」と言い返し、その言葉にサンはまた尋ねた。「夢が叶わなくても、生きていけるのでしょうか?」おじいさんはサンに目を合わせて答えた。「夢もいいが、それより大事なこともたくさんある。愛を分かち合うこと、だれかと一緒に食事をすること、自分のゴミは自分でしっかり捨てること。それ、食べ終わったらちゃんと捨てていけよ」そのときになってようやく、おじいさんが最初にサンに声を掛けながら渡してくれた黒い袋が目に入った。袋の中には、湯気がゆらゆらと立ちのぼるスンデと、キムパプ一本があった。若いやつがつまみもなしにビールだけ飲んでいる姿を、内心気に掛けてくれていたのだろう。
サンはスンデを一口食べ、また独りごちた。「愛を分かち合うこと、だれかと一緒に食事をすること、自分のゴミは自分でしっかり捨てること」サンは夢よりももっと大事なものを見つけることにした。だから、フードトラックを始めた。
津々浦々を回りながら、人々が食事をする姿、愛する人とおいしい食べ物を分け合って食べる姿を見た。そしてときにはサンも彼らと一緒に食事をして、会話を交わした。夢を見る人、夢を探す人、夢を叶えた人、夢を変えた人、夢の外側の人生を生きる人、夢を見ない人……いろいろな人に出会った。そしてその中で気づいた。ほとんどの人が、夢を叶えられないまま生きているということに。〝どうしてだれも夢の外側の人生を生きる術を教えてくれなかったんだろう?〟とサンは考えた。そして推測した。たぶん、自分が切望していた現実ではなくても、目の前に現れた現実を快く受け入れる術を学ぶ必要があるのだろう、と。
06. MIN GI
小川から龍が出ない時代と言われるが、そんな時代に龍になってしまった。練習室に向かう途中、ブランドデザイナーにキャスティングされ、雑誌のグラビアを撮り、思いがけずモデルとしてデビューした。家計が苦しかったミンギは、モデルの仕事をかなり儲かるアルバイト程度に思っていたが、そのグラビアがファッション業界で大きな話題となり、またたく間に様々な有名ブランドが一緒に仕事をしたがるモデルになってしまった。ダンスを習うようにウォーキングもすぐに身につけ、ブランドファッションショーのランウェイに立ち、世界4大マガジンの表紙を飾り、ミンギをミューズと見初めたグローバルブランドでアンバサダーとしても活動することになった。今や、街にはミンギを広告にした写真と映像が溢れかえっていた。
ハンバーガーを持つミンギ、化粧品を塗るミンギ、新しく流行している服を着たミンギの写真で埋め尽くされた通りを過ぎていくバンの中、本日のミンギはSNSに夢中になっている。次のスケジュールへ移る前に、カロスキルを背景に撮った写真を個人SNSにアップしているところだ。ファッション業界の著名人たちがミンギに注目しだした頃、SNSではミンギのデイリールックが人気だった。手ごろなブランドの衣装を高級ブランドのように着こなし、男性たちがデートのとき参考にしていたミンギの日常写真は、女性たちには彼氏ショットとして有名となり、ミンギはインフルエンサーとしての地位を確立した。アップロードと同時に数千、数万の〝いいね〟通知が来て、《アニキ、かっこいいっす》《ミンギのMBTIって何か知ってる? I.C.O.N》といった崇拝コメントが早速寄せられた。ちょうどそのとき、先月撮影した広告料が入ったという通知も来た。一目でわかるとてつもない金額。あれほど疎ましかった貧困は、今では前世のように感じられるほど豊かになった。もう祖母の医療費に戦々恐々としなくてもいい、という現実が何よりも嬉しかった。アイドルではないが、アイコンになれただけでも充分だった。
ミンギは、これまで自分がどれほど心の余裕がなかったか、そしてどれほど狭い視野で世界を見ていたのかを思い知った。「そう、今がいいんだ」窓の外を眺めながらつぶやく。通りかかった道で、バスキングをしている少年たちが目に入ってきた。つたないけれど情熱的に歌って踊る少年たちは、動線を変える刹那、お互いの目を見て笑っていた。ミンギは彼らの姿に目を奪われ、ぼんやりと見つめた。赤信号が青信号に変わり、車がふたたび出発すると、少年たちは遠ざかっていった。そのとき、ミンギは直感した。二度と渡ることのできない川を渡ってしまった、ということを。
情熱と野心で、夢に向かってがむしゃらに突き進んでいたあの頃。誰にも認められなくても、ただ楽しければそれでよかったあの頃が、川の向こう側にある。ミンギが今立っているのは、情熱や野心より結果や成果がよくなければならない場所、資本で価値を買うことができる場所だ。〝大人になるってこんな感じなんだろうか?〟と思いつつも、漠然とした恋しさは消すことができなかった。気を紛らわそうとSNSを開いたとき、ホンジュンが家族と再会した映像がアルゴリズムに現れた。
07. WOO YOUNG
どうして数ある職業の中で客室乗務員を選んだのか、と聞かれれば、ウヨンはこう答えるだろう。故郷の友人が酒の席で言った「舞台ってそんな大層なもんでもないだろ? 先生が立つ教壇も舞台だし、スーパーでマイクを握ってタイムセールを教えてくれるおじさんが立ってる場所も舞台。緊急時の安全ベストの着用方法を教えてくれる飛行機の通路だって舞台さ。舞台の上に立ったら、みんな俳優でアイドルじゃないの?」という言葉が刺さり、客室乗務員のスクールにコロッと応募した。正気の沙汰じゃない、と言われたら、「そうだ!」と返す。そのときウヨンは正気ではなかった。どの舞台でもいいから、今、すぐにでも、舞台に立ちたかった。
一種の旅行後遺症と言えるだろう。Zやガーディアンと戦うため、クロマーを使ってあちこち飛び回りながらパフォーマンスをしていた頃は、ドーパミンとアドレナリンが溢れ出す時間だった。
もちろんそのパフォーマンスは闘争であり、崇高で神聖な革命だったが、その出発点がなんであれ、パフォーマンスはパフォーマンスではないか。極度の緊張感の裏にほとばしる快感は、「自分は舞台恐怖症だったのか?」と思うほどに中枢神経系を刺激した。
A次元に戻ると、その刺激は消え、不安感がつのった。まるでゲームの中の世界にどっぷり浸かってエンディングを見たあと、現実に押し戻された気分だった。何をやってもZ次元で活動していたATEEZのようにはなれなかったし、自分たちにはそう易々とステージは与えられなかった。このままでは永遠に舞台に立つことがなさそうだ、と思ったとき。酔っぱらった友人が、慰めるつもりでそんな言葉を投げかけてくれたのだ。
争いごとを嫌い、平和を好む性格らしく、ウヨンは客室乗務員の仕事も順調にこなした。すっきりとした端正な顔立ちと制服がよく似合い、優雅なムードを漂わせるウヨンは、機内の廊下で搭乗客を出迎えた。航空機が動きだすと、機内のすべての乗務員は持ち場につき、アナウンスに合わせてシートベルト着用法と酸素呼吸器の位置、救命胴衣着用方法を搭乗客に伝達しなければならないが、それに注意を向ける搭乗客はあまりいなかった。そこで、ウヨンが勤務する航空会社はイベントとして新しい方式のアナウンスを企画し、アイドルを準備していたという理由でウヨンは自らイベント放送の進行役を引き受けた。ありきたりなアナウンスの代わりに、にぎやかな旋律が機内スピーカーに流れてきた。眠る準備をしたり、映画を選んでいた乗客たちは興味を持ち、ウヨンと乗務員たちを見つめた。ウヨンは行き先と飛行時間の情報を盛り込んだ案内を歌やラップ、軽い振りをまじえて愉快に伝え、アナウンスが終わると、拍手が沸き起こった。「そうだ! これだ!」ウヨンは晴れ晴れとした笑顔でお辞儀をしながら思った。そのとき、ひときわ大きな歓声をあげながら拍手をする人物がウヨンの目に入ってきた。
偶然同じ飛行機に乗ったユノとミンギだった。
08. JONG HO
アルバイトでガイドボーカルをするかたわら、独学で作詞、作曲を勉強し、自作曲を作り始めた。最初はメンバーたちと一緒に歌う曲を書き、一緒にレコーディングをして練習していたが、みな忙しくなりレコーディングはもちろん曲を聴いてもらう機会も少なくなると、やむをえずソロ曲中心に書くことになった。メンバーたちとともにアイドルになることは難しいかもしれない、と悟ると、シンガーソングライターに方針を変えた。負傷によってバスケットボールという夢を諦め、新たにつかんだ夢だったため、ジョンホは簡単には諦めることができなかった。
作った曲を音楽クラウドに載せていたところ、大手の企画会社からジョンホの曲が気に入ったと連絡があった。ついに歌手としてデビューするチャンスが来たのか、と胸をときめかせたのも束の間。初期に上げていた団体曲――メンバーたちと録音した――の感じがいいとのことで、デビューするアイドルの収録曲を一曲書いてくれないか、と提案された。苦々しい思いだったが、断る理由はなかった。どのみち音楽をすることができるし、これまでの努力が認められたのだから。収録曲の作曲から始めたジョンホが、アイドルのボーカルトレーナー、プロデューサーの役割も任されるようになるまで、そう時間はかからなかった。
アイドルにもシンガーソングライターにもなれなかったが、それなりに満足していた。その周辺にいる人にはなれたから。本質的には音楽を続けているから。たとえ舞台の上で照明を浴びる人間ではないとしても、彼らをもっと輝かせるために、すすんで深い闇になろうとした。そんな人間だけれども。
デビュー2年目に入ったアイドルの歌をレコーディングする日、彼らのあいだで喧嘩が起きた。すごく疲れた、もう休みたいと言ったメンバーの発言から始まり、なだめるうちに喧嘩に発展したのだ。「おい、そんなに簡単に諦められる夢なら、最初から始めなきゃよかっただろ!」とあるメンバーが激高し、疲れたと言ったメンバーは逆上して胸ぐらにつかみかかった。「お前が何を知ってるんだ! 四六時中一緒にいるからって、僕のことを全部知ってるなんて勘違いはやめろ!」取っ組み合いになる前にジョンホは二人を引き離し、お互いに冷静になる時間を与えた。疲れたと言っていたメンバーは、ジョンホの前で涙ぐみながら話した。家庭の事情をすべて明かすことは出来ないが、家族が今とてもつらい時間を過ごしているのに、自分が一緒にいられないことがとても苦しい、と。ジョンホはその苦しい気持ちに共感し、その子をなぐさめた。
遠い昔、もうやめにするというミンギに腹を立て、拳を振るった日を思い出した。自分が本当に幼くて、本当に利己的だったのだな、とふと思った。(みんな元気にしてるかな?)ジョンホは自分のメンバーたちを思い浮かべた。
誰もいないがらんとした録音室に座っていたジョンホは、メンバーたちの声が入った自作曲を流した。ボリュームを上げる。
メンバーたちの声が、心臓にちくりと刺さった。
意訳部分+コメント
意訳した部分の解説と、解釈がわかれそうな部分を紹介しています。
関連動画
ZERO : FEVER Part.1 'Diary Film'
Z次元へ旅立つ前、A次元でのATEEZの物語です。
[GOLDEN HOUR : Part.1] Preview
今作のアルバムプレビュー動画。アジトのほか、今回のストーリーを連想させるものが映っています。
'WORK' Official MV
今作のタイトル曲。直接的なつながりはわかりませんが、〝お金〟というテーマが共通しています。
'미친 폼 (Crazy Form)' Official MV
前作のタイトル曲。赤い月が昇っています。今回のDiary冒頭のAfter the red moon risesと関係があるかもしれません。
THE WORLD EP.FIN : WILL Outro
こちらも同じく赤い月が昇っており、Crazy formおまけ映像の続きのような映像になっています。
ホンジュン教授のATEEZの世界観1分間特講
HALAZIAの直前にアップされた世界観解説動画です。上の第1編のほかに第2編と第3編があります。作家になったホンジュンが出演した〝教育番組の性質を帯びた芸能番組〟とはもしかしたらこんなイメージかもしれません。また、今作のDIARYでユノが探していたクロマー以外の遺物の存在も示唆されています。
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