とある元メイド喫茶常連の忘備録<その24>
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
「ホームページに書かれているイベントですか。僕は仕事なんで行かないですね」
「仕事終わってからでも行けるんじゃないの?」
「混んでるだろうし。俺の分まで楽しんできて下さい」
尾崎氏にメールを送ったが、想像どうりの答えが返ってきた。彼は混んでいるのが確定している時は店に行かないのである。
そうこう考えているうちに。玄関のドアを叩く音がした。
ドアを開けるとしのぶがいた。
「あたる君久しぶり」
「今日はどうした?」
「あたる君の行ってる店行ってきたんだけど……」
「お、どうだった?」
「うーん、男のお客さんがみんなメイドさんに話しかけようとしててソワソワしててあんまりいい雰囲気じゃなかったなー」
「平日の昼間?」
「そう。外出したついでに行ったの。よくわかったね」
「夜だと話しかける余裕なんてない店だからね。平日の昼にしか行かない人もいるよ」
「どうして話したいの? それだったらキャバクラ行けばいい話でしょ」
当たり前である。
「会話もメイドカフェの醍醐味だからな……」
「レジで会計した後誰か来るまでずっと喋ってる人ばっかりだった。度を越してる感じするなー」
これは自分が通っていた店では殆どの常連がやっていた。数少ないメイドと一対一で話せる局面だからだ。
「あたる君やってないよね? あれ第三者の視点から見たらひどいよ?」「たまにやってるわ……」
「だめよあんなの……常連の人は絶対感覚が麻痺してると思うんだよね」
自分自身を俯瞰で見られているのかしのぶは注意してくれたのだ。
「常連の知り合いの人もああいうのが当たり前になってると思うしお互いに注意しないでしょ? 気を付けてね」
返す言葉もなかった。
「常連さんなら手本になるぐらいじゃないと締まらないからね」
この日はこのやりとりだけで終わった。なんとも恥ずべき事だった。店の客の多くがマナーが悪いと額に青筋立てて文句ばかり言っていた。しかし第三者から見れば同じ穴のムジナだった。しかし自分の中では「マシな方」だと心の片隅で考えていたため自分を省みることは無かった。
時は流れイベント前日になった。尾崎氏の某SNS日記が更新された。「あんな集金イベントやるだなんて店はどうかしてしまったんじゃないのか?」なんだこれは……彼は自分が回避しているイベントに対して何故あんなにムキになっているのか。この時はよくわからなかった。今思うと立食形式はメイドはほぼ店内の話しかけられる場所に誰かがいる。話すにはまたとないチャンスである。尾崎氏はメイドと一秒でも多く話すことに固執していた。彼にとっては這いつくばってでも行きたいだろう。しかし尾崎氏は金銭的な理由で店にそれほど金を落とせなかったらしい。いつも五百円のコーヒー一杯で制限時間の九十分店にいた。そんな尾崎氏にとって九十分で二千円は高額も高額のはずである。しかし「金が無いから行けない」ということなど言えるはずも無いため苛立ってあのような内容の某SNS日記を上げたと思われる。桶川氏から
「仮に常連としてちやほやされるようになっても俺らはただの一般人。決して威張らず見栄を張らず。偉くを目指さずに立派を目指そう」
というアドバイスをして貰っていたが、全く聞いていなかったということになる。友人の友人までの公開設定の日記だったが、だからといって限度を超えている。この時期の尾崎氏は「主語」と「声」この二つの大きさが見過ごせないレベルになっていた。内々なら問題は無いのだが、ブログや某SNS日記でもそのような発言が目立つようになっていた。イベントの前日でワクワクしていたが、なんとも興をそがれた気分になった。
<つづく>