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ラジオ本紹介①『全校生徒ラジオ』

前代未聞!?ポッドキャストの書き起こし小説
中学生4人の番組が生み出す心地よい距離感


■本概要

『全校生徒ラジオ』
著者:有沢佳映
出版社:講談社
発売日:2024年8月8日
定価:1650円
判型/ページ数:四六判/240P
※電子版あり

■ザックリとしたあらすじ

夏休みが始まったばかりのある日、女子中学生のれなどん、橘、なつみ、モモの4人はポッドキャストを始める。彼女たちが通うのはたった4人しか生徒がいない過疎村の学校。だから、「全校生徒ラジオ」と名付けた。そんな無名の雑談番組を偶然知った男子リスナーが文字起こしを始めて……。

■著者紹介

1974年生まれ、昭和女子大学短期大学部卒業。群馬県在住。『アナザー修学旅行』で第50回講談社児童文学新人賞を受賞。『かさねちゃんにきいてみな』で第24回椋鳩十児童文学賞、第47回日本児童文学者協会新人賞受賞。その他の作品に『お庭番デイズ』(上・下巻)講談社がある。

「講談社BOOK倶楽部」から引用

■この本の魅力を3点でまとめると…

①前代未聞!?音声コンテンツの書き起こし小説

 ラジオ本に「放送の書き起こし(文字起こし)」が掲載されることはあるが、音声コンテンツの書き起こしの“体”という小説は前代未聞ではないだろうか。

 女子中学生の4人による雑談が活き活きと書かれていて、最初は文字でラジオ(※実際はポッドキャストですが、タイトルにもラジオとあるので、ここではラジオに統一します)に触れていることに違和感があるけれども、いつの間にか4人のトークが脳内で再生されている錯覚に陥るようになった。読むにつれて自然とそれぞれの性格や嗜好も伝わってくるから、ラジオ好きとしては読んでいてとにかく心地がいい。

 もしかすると、「ラジオのトークを文章にするだけなんだから簡単だろう」と思う人がいるかもしれないが、私はまったくマネできる気がしない。本の帯で小説家の長嶋有さんが「(著者の)有沢さんはぜんぜん大変そうにみせない手つきで離れ業のような小説を書く人だ」と称しているが、まさに“離れ業”だ。

 4人の女子中学生による雑談が文章になって、(ほぼ)それだけで物語は進んでいく。状況説明やただし書きがあるわけではない。会話文だけで4人の個性を打ち出しつつ、それぞれの置かれている状況や内面に触れていくなんて普通はできない。

 ましてや、ラジオ上の雑談なのだから、文章の流れが都合良すぎたらそれはそれでおかしい。ある程度はとっちらかっている必要がある。雑談を文字にするのだから、文章的に綺麗すぎても違和感が生まれる。さらに、前提としてポッドキャスト自体の面白さを表現しなくてはいけないし、同時にあくまで小説なのだから、一定の読みやすさも保つ必要がある。そう考えていくと、まさに“離れ業”なのだ。

 しかもその会話は、「男子リスナーが書き起こした」という設定なので、“書き起こしている感”まで必要になる。さらにさらに、番組内で取り扱っている映画やポッドキャスト、アーティストは実在のものと架空のものが混在しているという手の込みようだ(オススメのポッドキャスト紹介回はすべて実在の番組を取り上げている)。

 それらのバランスを保ちつつ、小説としての面白さを表現するなんて至難の業。いわゆる“完全台本”どころの騒ぎではない。ラジオやポッドキャストが好きな人には余計にその凄さが伝わるんじゃないだろうか。

②自称「キモい」不登校リスナーの自意識と熱情

 ラジオの各話の書き起こしの間に、その書き起こしをやっている男子中学生の独白が挟まっている。この男子中学生はもう1人の主人公的存在だ。

 ネタバレになるので詳細は書かないが、彼は不登校で暇を持て余しており、偶然にも『全校生徒ラジオ』に出会って、なんとはなしに書き起こしを始める。そして、自称「キモい」古参リスナーになっていく。

 個人的には彼の描き方がこの小説でとても好きな部分だった。ラジオ好きらしい斜に構えた自意識の塊のような中学生だけれど、同時に番組への真っ直ぐな熱量も持っているから、ひねくれていても嫌な感じはしない。自分で自分のことをキモく思ったり、他のリスナーを過剰に意識したり……。「こういう面倒臭い考えを持ったリスナーっているよなあ」と苦笑しつつ、共感を覚える点も多々あった。

 特に本当にこの番組が好きなのか自分自身で確認するために、部屋を飛び出して、いろんな場所やシチュエーションでも聴いてみる……というシーンは一番印象に残った。

③大きな事件が起きないからこそ伝わる心地よさ

 ポッドキャストを題材にした小説は、コロナ禍を経て、改めて日本でもポッドキャストに注目が集まったからこそ生まれたものだろう。作品の中でのパーソナリティの姿勢やリスナーとの関係も今の世相が反映されていて、そこはかとなく“コロナ後”だという雰囲気も漂っている。

 彼女たちは本当に気軽にポッドキャストを始める。大きな目標や目的があるわけでもなく、無理にバズらせてリスナーを増やそうともしない。令和6年の現在、無名な人が趣味としてポッドキャストを持つのが当たり前になりつつある。リスナー側も一般の人間がやっている番組に触れる機会は増えているし、そこに変な苦手意識はもはやない。この物語の中でも、みんな自然と聴き始めて、ゆっくりとリスナーの輪が広がっていく。

 こういうスタンスの番組を主題にした作品も一昔前では考えられなかったのではないだろうか。自分でラジオ番組を持つことはもっと特別だったし、機材や環境の面でもハードルは高かった。継続していくことも大変で、誰かに聴いてもらうことも一苦労だった。学生がパーソナリティを始める作品だったら、以前ならその過程に挑戦していくことが物語の核になっていたことだろう。

 ただ、『全校生徒ラジオ』の場合、その要素がほとんどない。「ラジオ好きの学生が悪戦苦闘して始まった校内放送が学校内で話題になって」とか、「女子高生が名前や顔を隠してAM局でラジオ番組を始めたら、初回からとんでもないハプニングが起きて」とか、ドラマチックな展開はまったくない。だから、よりパーソナリティとリスナーの関係性や距離感にフォーカスがあたっているように感じた。

 番組が持つ求心力はそれほど大きくなくて、パーソナリティとリスナーの距離も近い。大きな事件が起きないからこそ、音声コンテンツの「日常に寄り添う魅力」というのが伝わってくる作品だった。一応児童文学の範疇に入る作品のようだが、横書きで意外なほどボリュームもある。今現在のポッドキャストが持つ距離感がわからない世代にもオススメしたい。

 この本の著者が50代と知って本当に驚いた。実際の中高生が読んだ時、リアリティを感じるのか。少しは違和感もあるのか。主人公たちと同世代の感想を聞きたくなった。

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