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感想文、The Batman

小学生の頃、父親がバットマン好きだった。バットモービルやマスクやスーツがかっこいいと思っていた主な理由のようだけど、フィギュアなんかもあって、なんとなく自分もバットマンが好きになった。ゴッサムシティで生きるスーパーパワーを持たないバットマン。私にとって初めてのスーパーヒーロー。

しかし、実際の当時の私は「キャラクター」としてのバットマンしか知らない。ティム・バートンやジョエル・シュマッカーの実写映画やカートゥーンネットワークで放送されていたアニメはなんとなく見ていたけど、あくまで個性的なヴィランを倒す影のヒーローというイメージしかなかった。

高校生になり、クリストファー・ノーラン監督の映画「バットマン・ビギンズ」(2005)を劇場で観た。自分の中でのバットマンの印象はそのままに彼の宿命と、物語の深さを知ることになる。「今までの私、バットマンのこと全然理解してなかったじゃん!」と衝撃を受けた。そこからアメコミを買ったり、インターネットにご協力いただいたりして知識を深めていった。

2008年の続編「ダークナイト」の大ヒットを迎え、全世界がバットマンやジョーカーに熱を上げた。その世の中の熱狂ぶりにちょっとだけ距離を感じた。バットマンはこの作品では救われないし、登場シーンも正直少ない。もちろんジョーカーの演技も素晴らしいけど、バットマンが好きな立場としては重く、打ちのめされたまま終わる。

長く待って観た最終章の「ダークナイトライジング」(2012)も、バットマンよりヴィランへの共感を生みやすい展開だったし、最後のシーン以外はバットマンが活躍した、とは言い難かった。致命傷を与えたのは「バットマンVSスーパーマン」(2016)。ショックで内容を全然覚えていない。特にその頃はMarvel食わず嫌いを卒業し、MCUにどっぷりハマっていた時期だ。MCUの巧みな面白さにやられて、バットマンは好きだけど映画に期待をしなくなっていた。(その後、楽しんで観たのは実写ではないが「レゴ バットマン ザ・ムービー」(2017)で、「ジョーカー」(2019)もとんでもない衝撃作だったけどバットマンは登場しない。)

※ここから本編のネタバレを含みます。

そんな感じで、あまり実写のバットマンにここ数年は満足することはなく、DCユニバースも関連ドラマも追っていない状態で、今回の「ザ・バットマン」を観た。

まず、ゴッサムシティの描写がとても良かった。「ジョーカー」で描かざるを得なかった90年代の退廃的なゴッサムシティも良かったけど、今回も相当にいい。ずっと天気が悪く、雨に映える寂れたコンクリートや壁の落書き。完全に個人的なこだわりだけど、高層ビルの間を縫って走る高架鉄道がちゃんと描かれていたのも嬉しいポイントだった。映像として、鏡や窓ガラスなど「何かを通して見る視点」が多くて、見物人としてそこにいる感覚にさせるのもうまい演出だった。

そして、何よりもロバート・パティンソン演じるブルース・ウェインの描かれ方がかなりこれまでと異なっていて驚きだった。

これまでの映画でのブルース・ウェインは、金持ちのボンボンの立場をあえて利用して社交界で表の姿を演じている。しかし今回のブルースはブルース・ウェインとバットマンの二面性が薄いキャラクター設定だ。社交場には顔を出さず、登場早々にニルヴァーナを聴いているような男。社会性はなさそうで、暗く寡黙。ストーリー的にはロマンスを匂わせる瞬間もあるけれど、そこは今回の物語で重要になることはない。人を救っても感謝すらされず、それにも何も感じない様子だ。

冒頭から親の遺した財産と孤独しか持たない男は、父と母を殺した世の悪に対する「復讐」のために「バットマン」として生きている。

しかし、そのわずかに遺されたものすらも今回はターゲットになる。映画を観ている私たちからは彼が何かを手にしているとは思えないが、「持たざる者たち」にとっての標的になる。全てを奪われそうになり彼が感情を吐露するシーンをみて、わたしは胸が痛くなった。

その辛さはバットマンに対してだけではないことはなんとなくわかる。単に「悪を滅する」ことだけで世の中は変わらないこと、悪が生まれるのは社会のシステムにも問題があること、そして、社会との関わりを絶ち「何もしないこと」の残酷さをダイレクトに感じて、映画の中だけではない現実世界のことを同時に考えた。

後半のシーンで、バットマンは翼を折る。闇に隠れて悪を倒すのではなく、誰も襲ってこられない場所から地上へ降りて人に手を差し伸べることを選択する。そんなのバットマンじゃないと思うかもしれない。私もこのシーンは正直複雑な気持ちになった。でも地上に降り市民と同じ目線になることが2020年代に誰かを救うための一つの重要な要素なんじゃないか。最後に初めて自分の行動に感謝の意を示されて、彼はどう思ったんだろう。

と、ここまで勢いに任せて書いたら、他の作品との毛色があまりに違う記事になってしまった。熱が入りすぎた。

今回、映画ではこれまでになかったキャラクター像や、ミステリー要素も強く新しい視点で描かれたと思う。何よりもこの作品が最初から最後までバットマンを描いてくれたことが個人的にはとにかく嬉しかった。一番長く私の中のヒーロー、バットマンをまた追ってみようと思えた。ありがとう。そして現代の社会であるゴッサムシティに対する正義のあり方については、自分も答えを出すべきと感じた。そして、父にものこの作品を観てもらって一緒に何か語れたらいいな、と思う。

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