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やさしさの衝撃(エッセイ)

 受験期真っ只中の11月。高校3年生の私達のクラスは、休み時間でもほとんどの人が勉強しており、張り詰めた空気が流れていた。
 当の私はというと2週間前に推薦入試を終え、今日の17時に合否発表を控えている。終わった直後はやり切ったし、もう合否なんてどうでもいいと思っていたのに、いざ合否がわかるとなると尋常じゃないほど緊張を感じていた。落ちたらまた受けるしかないし、センター試験に向けて勉強しようと思うのだけど、全く頭に入ってこない。

 お昼休みの時間になり、私は図書館に向かった。今まで友達4人で話しながらチャイムが鳴るギリギリまで食べていたが、友達が昼休みも勉強したいということで、食べた後はすぐに解散している。
 枯れ葉ががさがさと音を立てて舞っている。1人で冷たくなった秋の風に吹かれながら廊下を歩いた。流石に今の時期に図書館に行く3年生はおらず、図書館は2人の下級生がいるだけだった。

 昔から不安を感じると本に頼るところがある。本に囲まれてるだけで、大丈夫だよと言われている気がするからだ。なんの本を読んで気を紛らわそうかなと歩いていたら、さくらももこさんのエッセイが目に入った。パラパラとページをめくってみる。これなら何にも考えずに読めそうだなと思い、1冊借りることにした。クラスのみんなは頑張っているのに、私がこの本を読むことはとても悪いことのような気がした。みんなには、絶対にばれてはならない。私は表紙をお腹にあて、手で本を隠しながら教室に戻った。

 次の時間は幸運なことに自由学習の時間だった。各々が真剣な顔つきで勉強を始める。そんな中、教室の端っこの席の私はこっそり本をとりだし、読み始めた。
 あと4時間で合格か、不合格かわかる。さくらももこのエッセイを読んでいることは、絶対ばれてはならない。しなくていい緊張を加えてしまっていることにその時の私は気づかないままだった。
 2つの緊張を感じながら読んでいたら、気づかないうちに精神状態がおかしくなってしまったらしい。さくらももこのエッセイを読んで静かに大爆笑していた。もちろん声を出さずに、口を押えて涙をちょちょぎらせながら静かに笑う。でも笑いすぎて声が漏れていたんだろう。授業後すぐ友達のさちに本を読んでいたことを指摘されてしまった。

「本読んでたでしょ。いけないんだー。何読んでたの?」
さちが大きな声で言うもんだから、私はとっさに人差し指を口に当てて「静かに!」と訴えた。
「さくらももこのエッセイだよ。大爆笑しちゃった。」
「そんなに面白いの(笑)」
2人でパンを食べながらこそこそ話していたら、
「ねえ駒場くん、これ大爆笑するくらい面白かったんだって。」
さちが、隣で友達と話していた駒場くんの肩をたたいて話しかけた。

 駒場くんは前の席替えで私の2つ後ろの席だった男の子だ。駒場くんは頭がよく、前に出て何かしたり、沢山しゃべるタイプではなかったけど、男子から好かれ、尊敬されているような人だった。前の席順で私、さち、駒場くんの順番だったから3人でよく話したのだ。
 そこから私は気づいてしまったのである。駒場くんは頭がいいのに、ずっと勉強を頑張っている。休み時間も休まず、計算している。休み時間は必ず寝ている私にとって、駒場くんはなんて努力家で凄い人なんだと思った。とにかく、それ以来私は駒場くんに憧れ、ファンになってしまっている。だから席替えをして、めっきり話さなくなってしまった駒場くんと思いがけず話すことになり、嬉しい気持ちがありつつも焦っていた。

「なんの本?」
駒場くんが言う。
「さくらももこのエッセイ。面白すぎて大爆笑した。」
私はどぎまぎしながら答えた。
「へーそんなに面白いんだ」
駒場くんが笑った。
 駒場くんに笑ってもらえたのが嬉しくて、私はパンを口に詰めたまま、無意識に目次を開き、無言で一番面白かった章を指さしていた。
 一瞬変な時間が流れたが、駒場くんが「ここが一番面白かったの?」と聞いてくれた。私はパンを咀嚼しながら、うんと頷き、答えた。
「じゃあ次の時間で読んでみるから貸して」
笑顔で駒場くんが言う。

 その瞬間、私に流れる時間が急にスローモーションになったように遅くなり、頬にぬるりとした風を感じた。あ、やべ。なんだこれ。
こんな感覚は初めてだったもんだから、私は今起きたことにびっくりしていた。

 駒場くんが席に戻った後、さちが「駒場くんって優しいよね」と言った。
あーそうか。駒場くんはやさしいんだ。
私は受験期に、さくらももこのエッセイを読んでくれた駒場くんのやさしさに感動していた。

 その後、駒場くんはさちのもとに来て
「大爆笑するほどでもなかった」
と笑いながら言った。
さちに本を返す駒場くんを見ながら、そんなところも優しいなーと私は満足気に思った。













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