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メイドカフェ 時空を超えて いざ往かん

 僕は最近、内定者研修のために東京へ行った。
 東京で寄る場所はだいたい決まっている。新宿・渋谷のディスクユニオンでcdやレコードを漁ったり、ラーメン二郎に行ったり、御茶ノ水でギターを見たり、上野で何か食べたり、あとは秋葉原でゲームやキャラクターグッズを見る。そんな感じである。研修の次の日は東京を散策しようと思い、自由な日を作っておいたので、予定通り研修日の翌日朝10時頃、支度をして外へ出た。
 とりあえず秋葉原をぶらつこう、と考えた。着いたらまず駅近くのケバブ屋で昼飯を済ませ、地元にいる弟と連絡を取りながら主にシスタープリンセスのグッズを探した(シスタープリンセスのことについては、以前投稿したnote「ギ、ギャルゲーなんて、す、好きじゃないんだから」をご覧いただければと思います)。さすがオタクの街、秋葉原。掘り出し物がたくさんあり、胸が踊った。
 しかし、たくさん歩き回って昼の3時ぐらいになって、僕は立ちつくしていた。やることがなくなったのである。いや正確に言えば、レコードを漁ることができた。ここから上野まで歩いてアメ横を散策することもできた。だが、たまにあるだろう、やらなきゃいけない宿題はあるんだけど「暇だなあ」と思ってしまう事。やれる事はあるのに、気分的にそれをする気が起きない。あるいはもしかしたら、東京はやれる事やりたい事が多すぎて逆に迷っていたのかもしれない。とにかく、何をしようかと途方に暮れていた。それにまだ今ほど涼しくなかったし、ずっと秋葉を歩いて回って疲れもあった。次第に、どこかゆっくりできる所にでも行きたいと思うようになった。
 そんな時、あの秋葉の広い歩道で道行く人に健気に声をかけている美少女たちを目にした。
 そうか、メイドカフェか。それだ!メイドカフェに行ってみよう!僕は決心した。
 実は、メイドカフェに行くのはこれで2回目だった。2~3年前に弟と行ったことがあったのだ。だが、その時は僕はあまり乗り気じゃなく、そんなに楽しめなかった。2人で行ってあまり楽しめなかったのに、僕1人で行くなんて相当ハードルが高いはずなのだが、僕は「やろう」と決めたら深く考えずにすぐ行動に移してしまうことが度々ある。今回もそうだった。
 路上にいる何人かのメイドさんからほぼ無作為に選び、「いくらですか?」と声をかけた。丁寧な料金説明を聞いたあと、「ここにします」と即答した。「決めるの早いですね😅」と言われたが、メイドカフェのことはよく分からなかったし正直どこでも良かった。ただ何か飲みながら誰かと喋って、ゆっくりしたかった。
 メイドさんがお店まで案内してくれた。20歳は超えていないように見える。ショートヘアで小柄で可愛かった。お店は学園が舞台という設定だそうだが、にも関わらずそれを忘れて「今いくつなの?」と無粋な事を聞いてしまい、「永遠の16歳なんですう…!!!」と、気の利いた応答をしてくれた。そうか、そういう設定だったよね。ごめん。
 カフェのある建物の前に着いた。そこから、上に行ったり下に行ったりできる箱の中に乗った。僕はそれを22年の人生経験から「エレベーター」という装置だと確信していたが、乗った直後、推定年齢16歳のメイドさんがとんでもないことを言い放った。

「これは、時空転送装置といって、これから2.5次元の学園へ案内します♡」

 一言一句正確な引用というわけではないことを断っておくが、確かにそういう感じのことを言った。そうか、俺は軽率な行動によって、とんでもない旅をすることになったのだ。というか、時空と次元って同じなんだっけ?よく分からないが、とにかくとんでもないことになっているのは間違いない!
 時空転送装置はある程度上ったところで止まり、恐る恐る降りた。すると、教室のような場所にたどり着いた。次元が0.5下がったが、特に体に異変は起きないな。と、そんな事を考えている矢先、教室にいるメイドさんと案内してくれたメイドさんが、元気すぎる声で
 
「おかえりなさいませっ!!ご主人様!!!」

と言って、僕を迎えてくれた。情けない話だが、「ただいま」と言う勇気はなかった。
 案内された席に行くと、学校で使われる椅子と机があり、とても懐かしい気持ちになった。そうか、学校だもんな。俺もこういう場所で過ごしていた時期が会ったんだ。そんなことを考えていると、案内してくれたあの小柄なメイドさんが「何になさいますか??」とメニューをくれた。カシスオレンジを注文すると、「えっ意外!!ビール飲むかと思ってた…!」と言われた。
 カシスオレンジがやってきた。冷たいものが飲みたくて仕方がなかったし、何よりあの小柄なメイドさんが作ってくれたというのだから一層早く飲みたかった。しかし、僕が早速手をつけようとすると小柄なメイドさんはそれを制止する。そして、概ね次のようなことをとても元気に言った。

「私が〇〇(何だったか忘れた)と言ったら、手でハートを作って〇□☆(何だったか忘れた)と言ってラブ注入してください!」

と。あ、そうか。ここ、メイドカフェじゃん。そういう事をしなきゃいけない場所じゃん。やべ、恥ずかしい。
 でも、「いやです」なんて言うほど僕は無粋じゃない。僕は恥ずかしさを堪えて、メイドさんの言われた通りにした。そして、喉の乾きとあのメイドさんが作ってくれたという特別感と恥ずかしさの勢いで、グイグイ飲み干した。
 しばらくすると何か食べたくなってきたのでメニューを見ると、フライドポテトがあった。いいね、フライドポテト!早速注文してみた。
 すると「調理実習室」と書かれた場所から、パチパチとポテトを揚げている音が聞こえてきた。ジュワーーー!!ではなく、パチパチという素朴な音だった。僕は胸の辺りが温かくなってきた。姿は見えずとも、菜箸をちょこちょこと動かして僕のために一生懸命揚げてくれている様子が浮かんだ。このことだけでも、僕は時空を超えてきて良かったと思えた。
 そしてついに、メイドさんの愛情たっぷりのポテトがやってきた。実際は10分ぐらいだったと思うのだが、1時間ぐらい待った気分だった。早く食べたい。メイドさんのラブが詰まったフライドポテト。いただきまーーす!!
 …ん?あれ?これは…。なんというか、ラブを注入しすぎたのかな…?いや、いや違う。これは、ラブじゃなくて、塩だ。塩を注入しすぎている…!しょっぱーーーー!!!あろうことか、メイドさんのラブに飢えて一気に頬張ったフライドポテトは、どうやらラブが、じゃなくて塩気が半端なくて、お世辞にも上手く作れているとは言えなかった。あまりにしょっぱすぎて、水を飲みながらじゃないととても食べられなかった。
 しかしメイドさんが「どうですか?」と聞いてきた時、僕はただ「おいしい!」としか言えなかった。それしか言えるはずがなかった。「調理実習室」から聞こえたパチパチという音を思い出してしまっては。
 そんなこんなで、時間をかけて少しづつラブ過剰フライドポテトを消費し、絶妙な気持ちのままお会計を済ませた。最後には僕が県外から来た者だということを踏まえて「アキバで行ってみたいところありますか?」と聞いてきてくれて、音楽が好きだからcdが見たいと言うと「タワレコがありますよー!」と親切に教えてくれた。先程のフライドポテトの過剰なラブの刺激がまだ口内から抜けないまま、時空転送装置に乗り、現実へと帰った。
 ふぅ、とため息をひとつした。フライドポテトを食べてから、何だかボーッとしたままのように思える。しょっぱかったな…。でも座ってゆっくりできたしまあいいか。あと少ししたら父と夕飯に行く約束がある。そこで父に今日のことでも話すか。
 そして1~2時間後、父と会い、メイドカフェに行ったこと、フライドポテトにラブが詰まりすぎていたことを飯を食いながら話した。すると父は笑ったあと、こう言った。

「それはしょっぱいと言ってあげなきゃダメ。じゃなきゃ次のお客さんにも同じことをする。」

 一見厳しいように思えたけど、これが本当の優しさなんだと僕は気づいた。僕はああいうシチュエーションでは「おいしい」と言ってあげるのが優しさだと思っていた。でも、明らかに父の方が何枚も上手だった。しょっぱいと指摘する選択肢なんてあの時僕には微塵も思いつかなかったし、仮に思いついたとしてもそんな勇気は微塵もなかっただろう。おいしいと言われればとりあえず嬉しいけど、ずっと自分の失敗に気づけず繰り返すことになる。しょっぱいと教えてあげれば少し悲しむかもしれないけど、自分の失敗に気づいて直して次からは同じ失敗をしない。本当にメイドさんのことを考えるなら、絶対しょっぱいと言ってあげた方が良い。これが優しさというものなんだな。言われてみれば簡単に分かるけど、今まで僕は人に優しくできていただろうか。
 父の話を聞いて、僕は笑いながらそんなことを考えて、熱いお茶をすすった。

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