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サンデル先生の「正義」の授業EPS2-1〜命の値段〜

12EPS(各EPS前・後半)の全24回を週2回のペースでアップします。

第3回:EPS 2-1(前半)

Putting a Price Tag on Life(命の値段)


前回に続き、ジェレミー・ベンサムの功利主義。

ベンサムは1748年生まれ、12歳でオックスフォードへ、15歳でロースクール。19歳でBAR試験合格するも実業弁護士にはならず。生涯を倫理哲学に捧げた。

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功利主義の原則:個人の行動原理は「全体の幸福度を最大にする」ものであるかどうか。

人間は快楽と痛みに完全支配されている(ここがミソ)。よってそれを社会全体で換算して行動の善悪を決める、と言う訳だ。

The principal of the greatest good for the greatest number.

個人だけでなく、コミュニティー全体での幸福度。コミュニティーのリーダーは立法の時にその法の導く「メリット(benefit, 便益)」と「コスト(費用)」を計算し、純利益の高い法を可決すべし。

このcost-benefit analysis(費用便益分析)。企業でよく使われる。もちろん政府でも。計算の単位は金。

チェコでタバコ会社のフィリップモリスが算出した費用便益分析。「国民がタバコを吸った方が国にとっては利益がある」と結論付けた。タバコによる病気の保険代はかかるが、国民が早く死ねば健康保険代も、年金も、老人介護費用も削減できるし、タバコ税で税収入が増える、と言うのだ。

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一人早死にするに当たり、政府は$1227(13万円位)の支出セーブ。

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これに対して功利主義者から批判が出る。「その人自体の値段は?」「遺族の損失は?」考慮されていないじゃないか、しっかり計算しろ、と。そしてフィリップモリスはこの発表を取り下げた。

命の値段は?

企業の費用便益分析では命の値段をよく使う。

有名なのは七十年代のフォード「ピント」案件。ガソリンタンクが車の後部にあったため、後ろからの衝突時に爆発してしまう。死亡や重症のケースが相次ぐ。被害者が裁判を起こす。

裁判で、フォードはその危険性を知っていたがその爆発を防ぐためのシールドの取り付け費用$137Mと犠牲者(死亡、傷害)・モノ(車自体)の価値の総数$49.5Mを比べ、割りに合わないと結論付けていた事が明らかになった。(ヒト一人の値段は$200,000で計算している。)

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フォードはこの事実で陪審員から反感を買い、高額の賠償金を払うハメになった。

命の値段を考慮しても、やっぱり批判が起きたと言う事だ。

生徒の意見を聞く。

(生徒#1、ジュリー)
「亡くなった人が得ていたはずの収入も失われたし、家族の痛みもあるでしょう。大体$200,000(2000万円)は設定が低すぎる。」

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(サンデル先生)「値段の問題ですか?」
(ジュリー)「いえ、値段をつける事自体が間違っています。」




(生徒#2、ボイテック)
「(七十年代だから)インフレ計算しないと。当時$200,000(2000万円)なら、今なら$2,000,000(2億円)ですね。」

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(サンデル先生)「その値段なら納得しますか?」
(ボイテック)「悲しい事だけど、物事を決める時にどこかで数字を定めないと、と思います。」



(生徒#3、ラウル)
「もし自動車企業が費用便益分析をできなければ、利益の計算ができず、車が作れず、人類は車を失うので、全体の効用と言う点で費用便益分析は許されるべきです。」

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(サンデル先生)「研究によると運転中の携帯電話の使用での死亡事故は年に2000件ほど。ハーバードのリスク分析研究所での結論は携帯電話使用によるメリット全てを考慮すればその値は亡くなった命の価値総数に対して”トントン”でした。このケースを見ても、費用便益分析は命に対してなされるべきだと言えますか?」
(ラウル)「犠牲者のおかげで皆の利便性が高まるとの計算なら、それはそうなんでしょう。」
(サンデル先生)「あなたは相当な功利主義者なんですね。」(笑)
(ラウル)「そうなりますかね。」(笑)
(サンデル先生)「ボイテックは命の値段は$2,000,000(2億円)が妥当だと言いました。あなたもそれ位と思いますか?」
(ラウル)「$1,000,000(1億円)くらいですかね。」

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値段低っ!


挙手。立法に際し、功利主義の原理を使うことに反対の人。

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賛成の人。

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反対の意見を聞く。

(生徒#4、アナ)
「少数派の意見が反映されない所が問題だと思います。」

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サンデル先生狙い通りの意見です。これに反論は?


(生徒#5、ヤンダ)
「全員同じように数えられてはいるので平等だと思います。どこかで決定はしないといけませんから。全体のために(for greater good)。」

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(サンデル先生)「少数派の嗜好も数えられてはいる、と言うことですね。アナ、貴女が問題と思う、少数派が尊重されないと言う例を挙げてくれますか。」


(アナ)「例えば、前回の船の話でも、キャビンボーイが少数派だからと言って、彼の生きる権利を奪っていいと言う結論にはならないと思います。」

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めっちゃ聞いてるサンデル先生。いいぞいいぞ。思う通りに進んでるぞ。

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(サンデル先生)「全体への効用と言う理由で剥ぎ取ることのできない、なにかしらの権利が私たちにはあると言うことですね。」

今度はヤンダ君に聞きます。

(サンデル先生)「古代ローマではコロシアムでクリスチャン達をライオンと戦わせて、それをスポーツとして観戦していました。クリスチャン達はおぞましい痛みを経験しますが、ローマ人の観客の楽しみの総計はもの凄いことになりますね!ヤンダ君どうですか?」


(ヤンダ)「いや、、、でもそれは、、、現代の立法府だったらそのような痛みを楽しみと比べるようなことは無いと思いますが。」

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(サンデル先生)「でも功利主義に則ればどこかで大多数のローマ人の喜びが少数のクリスチャンの痛みを上回るポイントがあるはずですね。」

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うーん。そんなポイントがあるような気はしませんね。。。


功利主義への批判は以下のようなもの。


1。個人や少数弱者の権利が蔑ろになる

2。あらゆる事象のカネへの換算は不可能

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2に関して、1930年代に心理学者(ソーンダイク)がそれは可能であると証明しようとした。

アンケートを取った。内容はこう。

幾らもらったら上顎の前歯を一本取ってもいい?
幾らだったら足の指一本切ってもいい?
6インチのミミズの踊り食い。幾らだったらできる?
カンザスの農場で生涯一生暮らすの。幾ら?
素手で野良猫を絞め殺すのは幾ら?

この中で一番高いの何だったと思います?

カンザス?(生徒爆笑)

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正解。カンザス。$300,000

次は?ミミズ。

一番安いのは?前歯。$4500

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ソーンダイクの研究は「何でも値段が付けられる」と証明するための研究だった。命だって。犬の命の値段。猫の命の値段。。でも何となくあやふやな印象。

モノ・事象の価値は全て金に換算できるだろうか?

できないとすると、功利主義はどうなってしまうのか?

次回はその辺りのことで功利主義を発展させたジョン・スチュワート・ミルのお話。

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