
サンデル先生の「正義」の授業EPS1-2〜食人のケース〜
12EPS(各EPS前・後半)の全24回を週2回のペースでアップします。
第2回:EPS 1-2(後半)
The Case Of Cannibalism(食人のケース)
後半、24:30~。
前回のまとめ、倫理規範を行動の結果にあるとするか、行動自体に内在するとするかで
Consequentialist moral reasoning(帰結主義的な倫理の理由づけ:結果よければ全てよし)
Categorical moral reasoning(定言的な倫理の理由づけ:結果がよくてもやっていい事と悪い事があるゼ!)
の2種類がある事を確認した。
これからしばらく帰結主義的な倫理の理由づけの中で最も有名な「功利主義」について学んでいく、とサンデル先生。
功利主義(utilitarianism)は18世紀英国の政治哲学者ジェレミー・ベンサムが主張した。内容はシンプルで「善き行い」とはUtility(功利=お役立ち)を最大にする行い。痛みよりも喜びを、苦しみよりも幸福を。
「私たちは全員、快楽と痛みに支配されている。」
誰だって気持ち良いのがいいし、痛いのは嫌だ。功利主義とは世の中全体の快楽やhappinessを最大にするような行いを「善行」とする主張。the greatest good for the greatest number.
これを検証するために、19世紀の実際にあった裁判(the Queen vs. Dudley and Stephens)の話に移る。
四人の船員のヨット、ミニュネット号。悪天候に見舞われ沈没、四人は救命ボートに移る。
船長Dudley, Stephens, Brooksは妻子のある「真っ当な」市民(当時の新聞によると)。もう一名Richard Parker。今回の渡航が初めてのキャビンボーイ。17歳。孤児で家族もなかった。
4−5日で水や食料が尽き、その後8日間飲まず食わずとなった。
止めろと言うのに海水を飲んでしまったParker(キャビンボーイ)が体調を崩し、横たわる。先は長くなさそう。
漂流19日目、船長Dudleyは、誰かを犠牲にして食うしかないとし、くじ引きで誰が最初に死ぬかを決める提案。Brooksが反対。自分が死ぬ可能性が嫌だったのか、そんなことやってはならない(定言命法的倫理)と言う主義だったのか、それは分からない。
次の日、船長は「くじ引きでなくParkerが死ぬべきだ」と提案。最期のお祈りを捧げ、Parkerの動脈にペンを刺し殺した。
くじ引きには反対していたBrooksも結局一緒になって残りの三人は次4日間、Parkerの血と肉を食らい生き延びた。船長の日記によると
24日目、朝ごはん(!)を食べていると船影が見えた。
三人はドイツの船に救出され、英国に戻った。
三人は逮捕され起訴される。Brooksは罪を認め共犯証言をする。残るDudley船長とStephensは法廷で戦った。
二人は「一人死んで三人助けたのだから、必要性があった」と主張。
法的な話は置いておいて、倫理的に彼らの行いが許されるべきと思う人。
彼らの行いが倫理的に許されないと思う人。
DudleyとStephensの擁護意見から聞いていく。
(生徒#1)
「倫理的には間違っているかも知れないけど、それが法に100%反映されるべきではないと思う。一般に殺人や窃盗に加害者の必要性は問われないけど、ここまで切迫した事態では必要性を考慮すべき。」
(生徒#2、マーカス)
「ここまで瀕死の状況なら、生き延びるためできることは全てやるべき(gotta do what you gotta do)。この三人が生き延びて社会に貢献するかも知れない。だとすればそれは皆の為だった、と言う事になる。」
(他の生徒)「もしその三人がその後殺人者になってたら?」
(先生)「そしたら誰を殺したのか知りたいよね(それも功利の殺人だったかどうか、と言うこと)。」(笑)
(マーカス)「そうですね。」(笑)
次は糾弾意見。
(生徒#3、ブリット)
「私たちに他人の命や運命を決める力はないはずです」
(生徒#4、キャサリーン)
「彼ら三人がParkerに同意を得ていればオッケー、と言う声が出そうですが私はそれでもやっぱりいけないことと思います。」
同意キター!!!生徒から「同意」と言う言葉を引き出して、嬉しそうなサンデル先生。同意、はこれから重要な論点になっていきます。
(サンデル先生)「船長がペンを喉に突き刺す時に、”オッケーですか?”と聞き、Parkerが息も絶え絶え”オッケーです”と言ってもダメでしょうか?」
(キャサリーン)「ダメです」
キャサリーンと違って、同意があればオッケーと思う人に挙手をさせる。結構いる。
どうして倫理基準に同意が影響するのか。
(生徒#5)
「Parkerが自ら死ぬ提案をしていれば、と言う条件付きです。でなければ本当の同意とは言えませんから。」
次は完璧な同意があっても倫理的に間違っていると言う意見。
(生徒#6)
「大体、食人と言う行為自体が倫理的に間違っていると思います。同意があろうがなかろうが、です。もちろんこれは私の個人的な意見で、反論もあろうかと思いますが。」
先生は、反論を聞いてみて、貴女の考えが変わるかを見てみましょう、と言う。
同意があれば問題ないと言う人の意見を聞くのに、まず話の中でも出てきた「くじ引きで誰を最初に殺すか決める」と言う案。あれが採用されていれば、問題ないとする人に挙手させる。
くじ引きを話に加えると、擁護派が増える。
(生徒#7、マット)
「問題なのは誰かの命や必要が他の人のそれらより重要だと位置付ける事だと。全ての犯罪はそれが問題ですよね。自分の欲求を他人のそれより優先して踏みにじるから犯罪となる。くじ引きならその優劣をつける事なく犠牲者を選べる。」
団体の意思決定プロセスの是非により倫理的善悪が決まる、と言う意見。
(生徒#8)
「キャビンボーイが集団としての意思決定に全く参加していなかったのが問題と思います。」
(サンデル先生)「では彼も含め全員くじ引きに同意していれば擁護できますか?」
(生徒#8)「はい」
(サンデル先生)「くじ引きやって負けた人が”やっぱやだ!”」と言うのは?(笑)
「ダメです」(笑)
これは先程の生徒#5のキャサリーンとの会話で先生が言っていた「死ぬ直前までも同意している」状況とは少し違うことを意味しています。
同意、と言っても色々あります、と言うことを先生は見せています。
この次、先生は同意があってもやっぱりダメなものはダメ!と言う意見を聞いていく。
(生徒#9)
「同意と言っても絶対どこかに強制性があるような気がします。くじ引きで負けた人が自殺をする、と言う条件ならあるいは擁護できるかと思いますが、大体日記で”朝食”などと言っているところから、必要だったと言え悪行をしたと言う自覚が船長に無いように見えて、許せないと感じます。」
(生徒#10)
「殺人はどうあっても殺人だと思います。どんな状況でも許されるべきではない。」
定言命法キター!待ってましたとサンデル先生。突っ込みます。
(サンデル先生)「では聞きます。キャビンボーイは孤児で扶養家族もありません。他の三人には妻も子供もいる。当時の新聞の世論でも、”もし故郷の養うべき家族の事を思わなければ、彼らはあんな事はしなかったろう、と同情的でした。ベンサムの功利主義では全体の幸福を目指します。ここではキャビンボーイ一人vs三人だけではなく、キャビンボーイ一人vs十人以上の幸福だった。例えばこれが二十人だったら?三十人だったら?千人だったら?それでも殺人は殺人だ、と言えますか。」
(生徒#10)「一般に起こっている犯罪だって、生活苦から家族を養うために止むを得ず起こっている場合も多々あるのに、そこは問われず殺人は殺人、犯罪は犯罪、と裁かれます。だったらそれを曲げるべきではないと思います。あっちの殺人はダメでこっちの殺人は許されると言うのはおかしい。」
(サンデル先生)「それでは貴方はベンサムの功利主義が間違ってると言いますか?」
(生徒#10)「いや、間違ってる、とは言いませんが。。。」
タジタジ、、、先生は更に詰め寄ります。
(サンデル先生)「でも貴方の主張が正しければベンサムは間違ってなければなりません。」
(生徒#10)「じゃあそうです。」(笑)
ベンサムの功利主義への完全な否定意見を引き出して嬉しそうなサンデル先生。
まとめ
生き残った三人の擁護派はベンサムの功利主義に則って、三人が助かった時の多くの人の幸福の総計と、家族のいないキャビンボーイの命を天秤にかけた。
反対派にはいくつか種類があった。そしてそれぞれの反論から哲学的疑問が展開できる。
1。定言命法(カントの言う所の道徳法則、これはEPS6以降に詳しく説明される)としての反対意見。殺人は殺人。どんな公益があってもしてはならない。
↓
なぜ殺人は定言命法的に間違っている(どんな良い結果でもやってはダメな事がある)となるのか。私たち個人には他の誰にも犯し得ない権利があるのか。
2。マット(生徒#7)の言ったように、個人の間の平等性が犯されているから間違っているとの意見。
↓
その行為の「なされかた」(くじ引きなど)が正当性を決定するのか。
3。同意の有無による。強制されていない完全なる同意、との条件付きで、との意見。
↓
同意の倫理的働きとは一体なんだろう?
次回は企業で功利主義が使われ(費用便益分析 cost-benefit analysis)、命に値段がつけられるケースを見ていきます。