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プーチンのエンドゲーム。フィオナ・ヒル、インタビュー

ヒル姉さんといえば普通はローリン・ヒルを指しますが、最新のヒル姉さんはこの人です。フィオナ・ヒル。

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米国家安全保障会議(NSC)の元ロシア担当首席顧問で、プーチン・ウォッチャー。トランプ元大統領の弾劾公聴会での証言がめっちゃかっこよかった彼女です。

先週金曜日(3/11/2022)のタイムズ紙ポッドキャストThe Dailyでウクライナ情勢に関して彼女のインタビューを流していたので、ちょっと時間をかけて自分なりにちゃんと訳しました。

世間ではリアリストと呼ばれる政治学者や元外交官の方達の意見として米国そしてNATOの強行的な態度を批判しウクライナ市民、ロシア市民両方の被害を最小限に抑えるためにプーチンの立ち位置を把握し、譲歩交渉すべきだとの意見もあります。

ヒル姉さんはやはり元米国政府高官ですから、言葉の端々に、ああ、アメリカっぽいな、と思うところもありました。彼女自身は英国出身なので英語は英国アクセントですが。

私は個人的には世界の情勢不安のほとんどは米英及び西欧の植民地主義が原因だと思っているので、遡って遡って米国が何をしたんか、というのも勉強して行きたいとは思っています。米国内の世論(ゼレンスキーフォー!!!)と前述のリアリスト達(すぐ「プーチンの肩を持つのか!」と言われてしまう)の意見を行ったり来たりする身としてはヒル姉さんの視点も勉強になりました。

長いです。

インタビュアー、エズラ・クライン


クライン:プーチンが語られる際「策士」「ノスタルジックな帝国主義者」「タガが外れた狂人」など色々なイメージで語られますが、貴女が理解するプーチン像と言うのはどれですか?

ヒル:その全ての要素は実際あります。まず一点。彼は彼の設定したゴールに向かって非常に戦略的に長期に渡って物事を進めています。私たちにはどの視点から見ても「狂ったゴール」と言えるものでも。ロシアのウクライナ、NATOとの拮抗そして世界でのロシアの立ち位置に関しての強烈な対米意識などがそれを設定しています。

もう一点。彼の個人的歴史認識、状況判断に様々な疑問があります。22年という長期に渡ってリーダーであり続けている彼の見解はそのまま政権と結合してきました。外側から政権の動向を見ていると良くわかります。会談をどの様に設定するか、どの部屋で行うのか、部屋にはどの皇帝女帝の彫像(エカチェリーナ2世含む)があるのか。プーチンのみに決定権があり、ウクライナの対応に関して特に、彼の個人感情が政権を動かしている、と言うことです。私が恐れているのは彼はもう自分を絶対(infalliable)だと思っていて、自分が決めた事項は必ず実現されるべきと思っているということです。


クライン:本当にプーチンのみに決定権があると思いますか?


ヒル:もちろんたった一人で決定する訳ではありません。現地にいる将軍達も意見があるでしょう。しかし、プーチンはロシア政権の垂直命令構造のトップにいます。ピラミッドではありません。決定はとても狭い道順を辿って下されます。ウクライナ攻撃はプーチンと少数の軍要人と公安官達の中で決定されたことは明らかです。


クライン:プーチンは西側をどう読んでいると思いますか?彼は私達の目的をどう認識しているのでしょう?私達をどう見ていますか?

ヒル:正直な所かなりネガティブですね。私達の見ている全ての事象はプーチンにとって「俺に対する攻撃」と見えているでしょう。経済制裁でもなんでも、「世界が自分の政権を倒そうとしている」と思っています。色の革命、アラブの春、で何が起こったか。エジプトではムバラクは失脚投獄、カダフィは排水口で銃殺される。それを見てその様なことが自分にも起こるシナリオを何度も頭の中で再生してパラノイアを高めているはずです。フセインは?絞首刑。彼が考えているのはその様なことです。アメリカはロシア政権を潰そうとしていて、長い歴史の中で西側勢力(時にはモンゴル、東も)はずっとロシアに悪意をもって政権交代のための攻撃を仕掛け来ている、と認識しています。皮肉にも現在の状況(ウクライナの抵抗、西からの経済制裁)はそのメンタリティーを助長していると言えます。

クライン:「悪意を持って」の所に触れたいと思います。政治科学者サミュエル・チャラップ(RAND Corporation)によれば、「過去15−20年に渡って東欧に置いてNATO東方拡大、軍事支援、EU統合、経済協定、を行ってきたのは私達西側。プーチンはそのプレッシャーをずっと感じていたはず。だから今、それを押し返しているのだ。」とのことですが、それはどの位正当性がありますか?


ヒル:勿論プーチンにとってはそう見えているでしょうね。しかしそのナレティブは、ウクライナ及び他の(ロシア政権下にある)国々の自治性を完全に否定するものです。様々な国が自己の独立性を勝ち取るために戦ってきました。米国もそうです。1812(米英戦争)。スペインの影響があり、英国の圧政があり、様々な思惑が入り乱れ、どこから歴史を見るかによって物語は変わってきます。帝国溶解で独立を手に入れた欧州の国々。ポーランド、チェコ共和国、スロバキア共和国、フィンランド、スウェーデン、アイルランド、、、。ポストコロニアル、ポスト帝国主義の動きがロシアの各部で起こっています。EUでもNATOでも、ある一国が参加したいと決めた時、その動きが100%人々の民意であるはずがない、西側からの「悪意のある」力に押されている、という形で語ることはウクライナの自律性を否定することです。ウクライナ人がどうしたいのか、どんな意見をもち、どんな大志があるのかというファクターが完全にその物語から欠落しています。

プーチンはそのプロパカンダを広めることに成功しています。このウクライナ侵攻の本質はロシアvs米国(NATO)の代理戦争というものですね。しかしここだけははっきりしておきたい。西側はウクライナをどうしても欲しいという訳ではないんです。WW2時や冷戦時と今は違います。米国は欧州を占領していません。


クライン:この様な地政学的な見地、勢力均衡、ウクライナとNATO、ウクライナとEU、ウクライナとロシア、と言った話の他にプーチンがフォーカスしているのが、アイデンティティです。


ヒル:そうですね。


クライン:アイデンティティ、言語、人種。ウクライナ国内にはロシア語を話し、文化的にロシアに近い人々が住んでいることは確かですが、プーチンは彼らがウクライナ人口のほとんどを占めていると思っている様に見えます。だからこそ彼は侵攻時のウクライナからの反発を過小に予想していた。彼の数々のスピーチから分かるのは彼の一番の危惧はウクライナがNATOに加入する事そのものというよりは、それによりウクライナが国としてのアイデンティティを確立してしまい、そうすると将来ロシアに取り込むことは不可能になってしまう、と言うことだと読み取れます。

その地を占領する事そのものより、人々の心が、アイデンティティが離れてしまうこと。兄弟姉妹でなくなってしまうこと。それを恐れていた。しかして侵攻した訳だがそれが実は逆効果で、侵攻によってウクライナ人はより強固に自分のアイデンティティを確立することになってしまった。その点に関して貴女の考えを聞かせてください。プーチンはこのことをよく話しますがメディアであまり取り上げられていない様に思います。

ヒル:とても的を得ています。ウクライナの国内で例えば大統領ヴォロディミル・ゼレンスキーの様な人は多く存在します。彼のファーストネーム、ヴォロディミルはロシア名ウラジミールのウクライナ版です。キエフのウラジミール1世はウクライナ語でヴォロディミル1世。ゼレンスキーはまたロシア語話者のユダヤ人でもあります。ゼレンスキーの存在はプーティンにとっては理解できないものでしょう。ウクライナはネオナチに牛耳られているとプーチンはいいますが、ゼレンスキーはユダヤ人であること、ロシア語話者であることに誇りを持つウクライナ人なのです。プーチンにとって、ベラルース、ウクライナ東部、カザフスタン北部のロシア語話者はロシアの一部であり、ロシアに導かれるべきで、それは白人キリスト正教徒という一つのアイデンティティしか持たない集団と認識しているはずです。なので、ゼレンスキーのようなリーダーをもち、ウクライナが自分とは違うアイデンティティを持ち始めているということが彼の一番の憂慮なのでしょう。

ウクライナ国内には様々なバックグラウンドの人々がいます。ロシア語話者達は仕事でロシアと行き来したりするでしょう。しかし特に過去30年に置いて、彼らは自分たちはウクライナ人であるという地理的アイデンティティにより強い繋がりを持っています。彼らは昔のバージョンの分断されたウクライナにもどりたいとは思っていません。


クライン:プーチンの恐れは分かりました。それではプーチンの望み、目的はなんでしょう。


ヒル:今の段階ではもう、ウクライナに厳重な懲罰を下すのが彼の目的に思えます。ウクライナを降伏させ、傀儡政権を打ち立てたいと思っているはずです。スピーチからもそれが伺えます。戦う気のあるウクライナ人が一人でもいる限り攻撃をやめないでしょう。彼はそういう人です。彼の大きな目標は去年12月に西側に提出されています。ウクライナのNATO参加不可、NATOの東欧進出の拒否、米国のポーランド、バルト3国からの撤退。その後の更なる要求はクリミア併合の西からの承認、ドネツク・ルハンスク地方のウクライナからの独立およびロシア併合、ロシアの軍事協定参加国の非武装中立化などです。これらの要求はソビエト連邦時代の国粋主義から受け継がれている大きなゴールです。

プーチンが会合を開く部屋には4体の銅像があります。クリミアを併合したエカチェリーナ2世。ポルタヴァの戦いで勝利しロシア帝国を築いたピョートル1世。数々の独立戦争を鎮圧して専制政治を安定させたニコラス1世。そしてナポレオンをモスクワからパリまで追っ払ったアレクサンドル1世です。その4つの銅像に囲まれ、更にプーチンはキエフのウラジミール(ヴォロディミル)1世の巨大な銅像をクレムリン外に建てました。言ってみれば「エルサレム症候群」のようなもので、彼は自分がそれら歴史上の人物の仲間だと思っているのです。

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クレムリン外のウラジミール1世の像



クライン:その大きな目的を聞くにつけ、よく分からなくなるのです。ウクライナはロシア人で溢れており、ロシアとの併合を快く受け入れるだろうと思っていたプーチンのロシア帝国復興の目的は分かります。しかし米国、NATOの拡大を批判する傍ら、自らも拡大しようとすることによって西側の態度を強化させている。プーチンにとってのエンドゲームはどう言ったものなのでしょうか?


ヒル:彼もそこを考えあぐねている所だと思います。彼と彼の側近達はこの侵攻は数日で終わると思っていたことは明らかです。迅速にウクライナ政権を制圧してロシアの政権の影響下にあると宣言できるだろうと。ウクライナのあそこまでの反抗は予想していなかった。彼はプランBを持っていない。なので仏首相マクロンが電話で「その計画は失敗しましたよ。」と言った時プーチンは「失敗していない。計画通りに行く。」と言うしかなかった。彼にとっては計画は立てられた以上、それは遂行されるべきものなのです。そのためにはなりふり構わないでしょう。ウクライナ征服が完了するまで。


クライン:ウクライナに関しての計画もありますが、彼自身の計画もあります。ウクライナの抵抗と西側の経済制裁に辱めを受けたそのまま事実を歴史に刻むこと、おっしゃる様な精神状態の彼が許すとは思えません。どう言う行動をとると思いますか?


ヒル:もちろん許しませんね。彼の計画遂行の為に軍事行動をエスカレートしていくでしょう。そして核のカードを出してくる。


クライン:それは実現性のある話でしょうか?


ヒル:実現性があると考えるべきです。冷静に、真剣に受け止めるべきです。今のところ私たちはそれができている。おばあちゃんや子供が火炎瓶で戦っているのに貴方は核を出してくるのか、バランスが悪すぎませんか、と。しかしそれがプーチンのいつものやり方です。(核をチラつかせるのは)内政のためでもある。ウクライナも核を持ち始めるとの内側へのプロパガンダのために。何をやっているかと言うと、事の本質をごまかそうとしているのです。核を持ち出した瞬間にロシアのウクライナ侵攻という物語は消え去り、ロシアと米国(西)国連安保理事、中国、英国、フランスの話になってしまいます。なので私達は今の情勢の本質にフォーカスしないといけません。それはロシアがウクライナに侵攻している、ということです。

プーチンの心理状態に関しても同じことです。政権交代の話。イラク、リビア、シリアでの西の介入を彼は見ていた。2015年に彼はシリア政権を支援し、現在2022年、アサドは今でもトップにいるが、国はボロボロになった。プーチンも同じことをロシアでするでしょう。「このことでプーチンも座を追われるだろう」という物語は危険です。そのレトリックは彼を精神的に追い詰めるからです。私達はあくまでも「ロシアのウクライナ侵攻を止め、プーチンにお引き取り願う」との型取りで話をしないといけません。UNからの正式発言もそこの所に十分注意を払う必要があります。チェルノブイリ対処のような慎重さで。周りに石棺を建てながら。取り扱いを間違うと大変なことになります。



クライン:ゼレンスキーについて。プーチンが西側を変えたように、彼も西側の態度を変えました。西側の「価値観」を包んで私たちに投げ返してきた。「お前は何者だ。」と。彼はどのような取引なら応じるでしょうか。侵攻が始まってから彼の態度はさらに強硬化しているように見えます。


ヒル:そうですね。彼だけでない、彼を取り巻く政府要人も態度を硬化させています。ゼレンスキーは新しい世代の人間です。ソーシャルネットワークを上手く使う、21世紀の人間です。44歳。ソビエト連邦が崩壊した時彼は十代でした。ポストソ連人間です。優秀な俳優でもあります。パフォーマンスだけでなく根性もある。侵攻が始まった時国外脱出支援もオファーされたが断り武器弾薬を要請した。あの彼の態度で雰囲気が一変しました。ソーシャルメディアでアイコンとなった。EUへのスピーチ。懇願。彼のようなカリスマのあるリーダーがあの時あそこにいたことで世界中が注目した。人々の心を変えたんです。そこから意見を変えることは難しい。心が動いているから。ウインストン・チャーチルそのままでした。


クライン:個人的に彼に大きな敬意を払いますが、情勢不安を悪化させたことは確かだと思います。物資、安保、土地で妥協することは可能です。しかし価値観・倫理観を妥協することはとても難しい。彼はそのメッセージで世界中の心を掴みましたが逆に妥協を難しくさせているのではないでしょうか。バイデンの先の一般教書演説、世界各国のリーダーが今発しているスピーチの後にサッと翻ってプーチンのご機嫌を伺うなんて事は難しい。


ヒル:感情に訴えるカリスマ性のあるリーダーは必要です。しかし例えばチャーチルでもあの演説の後にスターリンと取引をしている訳です。政治には様々な局面があります。一つ言及しておきたいのは、ゼレンスキーもまた現実的な考えを持っているという事です。彼はロシアとも対話をする、という公約で大統領になりました。今でも、人道回廊の設定だけでなく、停戦の交渉もする姿勢を見せています。クリミアの併合も認知、ルハンツクも交渉の対象になっています。しかしそのためにも彼は世界からのバックアップが必要です。西側だけでない、同じような経験をした、またはこれからする全ての国に前例を提示したい。もしこれでロシアが撤退しなければ、世界中で同じようなことが起こるから。国がボロボロになってからやっと停戦をするような事態には彼だってしたくないでしょう。


クライン:ロシアが完全にウクライナを制圧するのか、それとも何かしらの条約が結ばれるのか。どの辺りが落とし所でしょうか?


ヒル:(ため息)。私達はかなり慎重に反応を決める必要があります。ロシア政権と同意義となったプーチンという人と対峙しているのです。彼は、負ける事はできません。NATOからの軍事圧力や経済制裁も、やりすぎると危険です。ロシア軍とその非人道的な重兵器、弾道ミサイル、巡航ミサイルの撤退、停戦にフォーカスすべきです。レトリックに多大な注意を払う事。私たちの反応によっても事態は変わってくるでしょう。ヨーロッパ、世界の勢力均衡について考えないとなりません。そしてロシアが撤退するに関し、プーチンが「何かを得た」と思えるような取引をしなければなりません。不運なことに、中国の話もしないといけない。プーチンと近づいてNATO拡大に意見をするようになっています。NATO側からは中国に対して悪意のある動きはありませんでしたが、中国が政治経済的に力をつけるにつけ注目はしていました。中国は欧州への投資者であり、ロシア侵攻が始まるまでウクライナに対しての最大の投資者でした。今、その中国がこの大きな情勢不安に参入してきています。世界全体を考慮して見つけなければいけない「落とし所」です。時間はかかるでしょう。


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