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サンデル先生の「正義」の授業EPS5-2〜母親の権利、売ります〜

12EPS(各EPS前・後半)の全24回を週2回のペースでアップします。

第10回:EPS 5-2(後半)

For Sale: Motherhood(母親の権利、売ります)

後半 27:25~

前回は、兵役の分配を自由市場で解決しようとした南北戦争の制度を見た。人間の生殖の分野での自由市場の意味を考える。

ハーバードの学生新聞に時々卵子提供の募集がある。賢く、運動ができて、身長177cm以上、SAT1400点以上の女性の卵子。$50K(500万円)。

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このように、卵子や精子を売る、という行為は日常行われている。

カリフォルニアの精子バンクの例。オフィスはハーバードとMITのあるケンブリッジとスタンフォードのあるパロアルトにある。「上質の精子」を提供する、という訳だ。提供者には$75/回(月$900まで)、映画鑑賞券や商品券も。誰でも提供できる訳ではない。提供者に選ばれるのは応募者の内5%程(ハーバードより高い敷居!)。身長182cm以上、大卒、目は茶色、髪はブロンド、あとエクボ。

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「顧客がそれを好むと市場が示しているから、条件に入っている。高卒が人気なら、高卒のを集めるまでだ。」とCEO。

卵子や精子はモノのように市場取引されていいのだろうか。


実際にあった裁判の話に移る。新生児Mちゃんの親権について。代理母出産のケース。契約を交わした後、妊娠を経て出産後、赤ちゃんを産んだ母親が権利を手放す事を拒否。スターン夫婦 vs  代理母メリー・ベス・ホワイトヘッド(29歳。すでに2児の母)。

法律の事はさて置き、倫理的な話として、どう思うか?

契約に沿って代理母は母親の権利を諦めるべきと思う人。

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契約を破棄し、母親に権利を与えるべきと思う人。

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契約を守る方が多数派。

生徒の意見。

(生徒#1、パトリック)
「双方が内容を把握し納得して契約を結んでる訳ですから破棄するのは間違っています。」

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(生徒#2、エヴァン)
「契約内容を把握していた、と言いますが、母親が感じる子供への愛情や一体感は産んでみなければ分からなかったとも言えます。」

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情報が十分に提供されていない為、契約自体に不備があったという意見。


(生徒#3、アナ)
「赤子には自分の産みの親へ権利があると思います。産みの親との連帯は自然のものですから契約で成される連帯より強いはずです。」

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(生徒#4、キャサリーン)
「反対意見です。代理母や養子などでできる連帯も立派な親子の絆です。契約に際し誰も強制されていない訳で、自律的な決断ですので、契約は守られるべきと思います。」

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(サンデル先生)
「しかしエヴァンのポイントはどうでしょう?代理母が出産後どのような気持ちになるかは分かってなかった為、その同意が不正当だという意見です。」

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(キャサリーン)
「彼女の気持ちの移り変わりは契約上関係のない事と思います。私が子供を養子に出すとして、後からやっぱりやめた、返して、と言ったって、もう遅いよ、となる訳ですから。」

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(生徒#5、アンドリュー)
「赤子に産みの母親への権利があるかどうかは僕には分かりませんが、母親には確実に赤子への権利があるでしょう。人間を扱う時、市場の契約に母親の子供への権利を剥奪するほどの介入力があるのか疑問です。非人間的(dehumanizing)だと感じます。正しくないと思う。」

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(サンデル先生)
「親権を売ったり買ったりする事の何が非人間的だと思いますか。」

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(アンドリュー)
「自分の子供を売ったりできませんよね。このケースには人買いのような面があります。母と子に感情のつながりがある事は確実ですから、それを契約などの人工的なもので奪う事はできないはず。」

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(キャサリーン)
「母子の感情のつながりと言いますが、それは私たち個人が考える感情の違いの話であって、代理母や養子の是非の話ではないですよね。」

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(アンドリュー)
「全てを数字に落とし込んで簡潔に決定するのは簡単ですけど、モノじゃ無くて人間の話ですから、感情の話は大いに関係あると思います。」

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(サンデル先生)
「アンドリューは、これは人買いみたいだと言いますが、、、」


(キャサリーン)
「代理母と養子は認められるべきです!養子は人買いですか?」

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(サンデル先生)
「キャサリーン、赤子を、オークションにかけてもいいと思いますか?(自由市場で人間を値踏みをしても良いか、という問い)アンドリューの言っているのはそう言う事です。」

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(キャサリーン)
「オークション、、、、いいんじゃないですか?自由市場ですから。。。私ももうちょっと考える余地はあると思いますが。」

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(アンドリュー)
「代理母自体を廃止すべきと言っている訳ではありません。契約を交わして最後まで予定通りに行けば良い事と思いますが、その契約で母子を引き剥がす事はできないはずです。少なくとも司法の力でそれをするのはおかしい。」

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この論議はいったん終わりにし、他の意見を聞く。(*ビデオには入ってませんが、多分、このケースのスターン氏は精子を提供しており、彼にも倫理的親権は同様にあるはずだが、と言うポイントを生徒に投げかけたっぽいです。)

(生徒#6、ビビアン)
「私の弟が精子を提供してそれがオクラホマのレズビアンカップルの子供になりました。弟にはその子供がどうなるか興味はあるようですがそれはただの好奇心で、父親としての自覚や愛は全くないです。産みの親と子の絆は、母親の方が大きいと思います。大体代理母だと9ヶ月お腹の中で育てる訳ですから。」

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スターン氏が精子を提供したので、彼も産みの親ではあるが、母親の絆の方が、父親の絆より深い、との意見。


まとめ

この件の契約についての批判は2点。

1。同意の不完全性
   ー強制
   ー情報の欠落(今回の代理母の案件ではこちら)


2。非人間性

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ニュージャージー州最高裁で、この契約は施行不可能との判断。経済的に安定したスターン氏に監護権は渡ったが、代理母の親権(面会権)はキープされた。理由は2点。

“新生児との深い感情の絆を知る前に交わされた契約であり、自律的な決断とは言えない。新生児が産まれる前に交わされる契約は不完全と言える。”

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これが上記1番の同意の不完全性について。


もう一点では

“参加者のどのような理念よりも、(仲介業者の)利益が優先されるならこれは人買い、と言う事になる。”

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同意の正当性にかかわらず、文明社会では金で買えないものがある、と司法が結論を出したと言う事。上記2番の非人間性に関わる所だ。


哲学者エリザベス・アンダーソンの言葉。

“母親としての愛や子供への絆を捨てさせる、と言う事は妊娠という行為を労働に純化する事(疎外された労働=alienated labor)。”

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世の中には利益目的で「使用」されるべきでないものがある、と彼女は言う。それはどのようなものかと言えば、

尊重(respect)、

感謝(appreciation)、

愛(love)、

栄光(honor)、

畏れ(awe)、

敬虔(sanctity)。

これらは、普通のモノ(やサービス)のようにその使用度だけで価値を決めるものでない。

これは功利主義がぶつかった壁でもある。「お役立ち」だけが価値基準ではないんじゃないか。お役立ちで命や、従軍サービスや、出産などを測っていいものか?

バージニア州で、不妊治療医師が、自分の精子を使って人工授精をしていた(女性たちは知らず、産んでから先生にそっくりでびっくり!)、と言う事件で、コラムニストのエレン・グッドマンは

「この事件は精子提供の意味を、私たちに考える機会を与えた。精子提供をしたからと言って自動的に父親になる訳ではなく、父親とは成るものだ。」

と言った。

グッドマンが、アンダーソンが、そして先ほどの生徒アンドリューが言っているのは全て「使用度に応じて金でつけるのでない、何か他の価値基準がこの世には存在する」と言う事を言っている。

さあ、次回からは新しい価値基準。定言命法含むイマニュエル・カントが始まります!


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