自分を信頼する方法 #虎note
こんにちは、虎( https://twitter.com/tiger_stlv )です。
人間、ある一定の年齢までは環境によって形作られる。しかしある日突然大人になって、自分の選択で生き始めないといけなくなる。
その日は人によって違う。22歳の人もいるだろう。18歳の人も。15歳かも。いや、12歳かも知れない。
どちらにせよ、ある日から人は「自分の足で歩いてね」と言われる日が来る。
もちろん、そこから先にもそれまで育った環境の影響はあるだろう。人間は必ず認知の歪みとか、消化していない過去とか、もしくは成功した体験によって「自分の見たいことしか見ない」というように成立する。
しかし、何を言ったとしても「自立した大人でしょ」と扱われ始める瞬間が来る。
そうだった時に「自分を信頼できない一個体」として存在していたら、どうしたらいいのか。
人間はインプットしたものしかアウトプットしない。英語をインプットしていなかったら英語を喋れるようにはならないだろう。
それまで浴びせられた言葉が、態度が、手先が、目線が、その人を「決定」する。
そして残念ながら、その決定自体は覆らない。
一度ついた折り紙の折り目のように、そのこと自体は生涯消えないだろう。しかして、それではそれを越えた人達はどう越えたというのだろう。
劣悪な環境に育った人もいる。ゴミ溜めで生まれたような人もいるだろう。
ある日谷底に落ちた人もいる。今苦境にもがいていて、そう決定されようとする人もこの瞬間にいるだろう。
そういう人達がどのようにして、自分に対する信頼を勝ち取ったのだろうか。
解決策はたった1つである。
「自分を信頼することに成功する」
こと。
たったそれだけである。
それ以外は、全て遠回りの道だ。
苦労すればとか、努力すればとか、根性とか根気とか……。
苦労の先には苦労しかない。
努力の先には努力しかない。
根性も、根気も全てそうだ。
苦労したら自分を信頼できるんだとしたら、苦労しなくなったら信頼を失うのだ。
だから苦労を信条にしている人はいつまで立っても楽になれない。
努力だって、根気だって、何もかもがそうだ。
人は自分のことを信頼するのに、多くの失敗を重ねる。
他人との約束を破る。
自分との約束を破る。
自分がすべきと知っていることをしないで見過ごす。
自分がした方がいいと知っていることを無視する。
そしてそのことすらも、見ないフリをする。
そうして自分への信頼を失って、自分を嫌って、いつの間にか自分探しすらしなければいけなくなる。
そんなものは要らない。
「これをやったら自分を信頼できるな」
「これをやらなかったら自分を信頼しなくなるな」
「これをやっている人間は信頼できるな」
「これをやらない人間を信頼はできないな」
ということを考えて、丁寧にやっていくだけだ。
そのことに終わりはない。
そして、その数だけ自信が持てる。
もし、それをやらなかったとしても自分を責めない。
今回はやらなかった、そのことで迷惑を被った人がいたら謝る。
謝って何を言われても受け取る。そして次にやる。やり続ける。
世の中の本質はシンプルだが、イージーではない。
信頼の崖から落ちた人間は、その山を登るのに長い時間がかかるだろう。
しかし、登り始めなければ今のままなのだ。
人生は長い。
だが、明日死ぬかもしれない。
だが、登り始めて登り続けた自分と、全く登ろうともしなかった自分。
どちらを誇って死ねるか。
それが「自分への信頼」だ。