2月6日は弟の命日

2009年2月6日

弟は亡くなった。44歳、独身。

前夜、午前1時過ぎに我が家の電話が鳴った。病院から連絡を受けた父からだった。

「心肺停止だと言われたのだけど」

当時80歳だった父は病院から弟急変の連絡を受けて、一人で軽トラを運転して病院へと夜中の道を走ったのだった。

どんな気持ちだったのだろう。母はすでに他界していた。

私は電話を切って、洗面所で歯を磨き支度をして夫と病院へ向かった。

到着したとき、弟の意識はなく心臓マッサージは40分を超えたところだった。医師からは、回復の見込みは無いと聞いた。

「止めてください」

私は心臓マッサージを止めてもらった。

午前4時45分、死亡確認

それからの記憶は断片的にしかない。

ただ、弟が乗った寝台車に同乗して病院から葬儀場へと向かう途中に実家へ寄ってもらった。

いつも弟が車を停めていた場所に、寝台車に横たわっている弟。窓から2階の弟の部屋が見えた。その瞬間、涙が溢れてきたことを思い出す。

いつもこの場所には弟の車があったのに、何故、車がないのだろう。どうして急に死んでしまったのだろう。確かに病状は少しづつ悪化していたけれど、3日前には「退院するからボストンバッグ持ってきて」とメールがきていたのに。何故なんだろう。何故、何故?

高齢の父に代わり私が段取りをして、通夜と告別式。あの日は寒くて日中は風花が舞っていたっけ。たくさんの友人が駆けつけてくれたっけ。

弟は小さな箱に入って実家へと帰ってきた。ドスドスと歩く弟の足音は聞こえなくなった。父は一人暮らしになった。

11年経っても2月になると、あの日の事が頭をよぎる。

「姉ちゃん、来たん?」

いつか会ったらニヤっと笑って、そう言うのかな。

弟の腕の中には、歴代の愛犬がいるのかな。

弟は44歳のままだけど、私はまたひとつ歳を重ねる。差が開くばかり。

みんなそっちへ行っちゃった。賑やかだろうね、そこは。