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彼女を刺す覚悟で自分のために歌っている

わたしの今の歌声は、ヤエちゃんに作ってもらった。
わたしはヤエちゃんとの相性がとてもいいみたいで、だいたい4回のレッスンで歌を1曲、仕上げている。
MISIAの曲とわたしの声の親和性を見抜いてくれたのもヤエちゃんだ。
担当インストラクターがヤエちゃんになってはじめの頃、『Everything』を習っていた。
MISIAはとても難しい歌を歌っているというイメージがあったけれど、わたしはヤエちゃんの「こうしてみて」というアドバイスをすぐに飲み込むことができた。大体のことが1回でできてしまった。
あいみょんを歌っていたときはそんなことはなく、全くこなれずに苦労していたのに。
結局は楽曲や歌手と、自分の声や歌い方との相性なのだと思う。
ただ、これにはヤエちゃんも驚いたようで、

「あいみょんが難しくてMISIAが歌いやすいって人、見たことないです」

と言っていた。
ヤエちゃんはまだ二十歳そこそこだと思う。
小柄で可愛くて、MILKの洋服やViviennne Westwoodのアクセサリー、ピンクやシルバーの派手髪がとてもよく似合っている。
話す声も見た目通りの可愛い感じなのに、歌声がとてもパワフルで、わたしはヤエちゃんが大好きだ。
レッスンを受けに行っているのか、目と耳の保養をしに行っているのかわからない。


今でこそスタエフで歌ってみたりしているけれど、自分の歌に自信があるかというと、そうではなかった。
この歳になって親のせいにするのも情けない話なのだけれど、幼少期から母親にずっと声や歌を馬鹿にされ続けていた。そんなこともあり、わたしは割と最近まで自分が救いようのない音痴だと思っていたのだ。

「音痴でどうしようもないから音楽教室に通わせたのに、音痴は直らなかったね。お母さんはカラオケに行ったら『上手だね!』って言われるのに」

いまだにそんなことを言われる。
彼女は娘と自分を比較してマウントを取らないと死ぬ病気に罹っていて、これはもう不知の病なので仕方ない。受け流してやるより他なく、治療法も存在しない。
ちなみにこの気の毒な病は、対長女の場合のみ発症するというのがその大きな特徴である。「上の子可愛くない症候群」が、次女の誕生より三十六年間も尾を引いているのだと思うと、本当に恐ろしい。
ボイトレに通っているということを雑談の中でつい口にしてしまったときには「フン」と鼻で笑われ、「音痴は直らないんだって」と言われた。
もっとも、母親の前で歌うなんてことは成人してから一度もないのだけれど。
だから、彼女の中のわたしの歌声の記憶は、中学校の合唱で止まっている。
中学校の合唱でもパートリーダーをしていたのだから、どうしようもない音痴、ということはなかったと今は思う。
でも、そんな言葉をことあるごとに浴びせられていたためか、「自分は音痴である」という思い込みは呪いのようにわたしにこびりついていた。

わたしと母の関係は、ずっととても難しかった。
わたしは母の「普通」、言い換えれば「理想」から外れた娘だったし、「母」という字はわたしにとっては優しさや温かさ、慈しみといった言葉を連想させるものではなかった。
姓が変わった今は、会えば普通に話すし、夫にもよくしてくれるので、今現在どうこうしてやろうという思いはない。
ただ、音楽関係に限らず、幼い頃から彼女に投げつけられてきた言葉、受けた仕打ちは何ひとつ忘れることなく、わたしの中にぐちゃぐちゃと煮詰められている。
厄介なのは、本人がわたしに対してしてきたことを何ひとつ覚えていないこと。
例えば母に介護が必要になり、わたしがその担い手を引き受けることになったとしたら。
煮詰められた過去を顔面に浴びせたい衝動を抑えられる自信がない。


ヤエちゃんがレッスンのたびにほめてくれること、学級の子どもたちの歌声が一昨年と比べて格段に進化していること、音楽の授業でCDに頼らなくてもお手本の歌唱ができるようになったこと。
そんなことが重なって、スタエフで歌ってみようかなという気持ちになった。
わたしは音痴じゃない。
それを証明したかった。

母親の前で歌う機会が今後あるのかはわからない。
わからないけれど、その時がもし来たらわたしは自分の歌声で母を突き刺すつもりである。
あの性格からして「お母さんが間違っていました、ごめんなさい」なんてことは絶対言わないだろうし、「上手」なんて言い出したら天変地異が起こるに違いないから褒められたいかと言われたらそれはそれで微妙なのだけど、わたしのことを音痴だと罵らなくなるのならそれで大成功だ。そうなれば、遠くない未来、わたしの中で煮詰まった過去をぶつけずに済む気がする。

ボイトレに通い始めたきっかけは、授業で子どもたちに還元できる技術を習得したいと思ったことだった。でも、今のわたしはどこまでも過去呪いから自分が自由になるために歌っている。
わたしの歌声は、母親を刺す覚悟の証だ。
刺し違えることになるかもしれないけれど、これからも刃を研ぎ続け、その日を待つ。


#エッセイ

ロジウラーのみんなの気持ちを代弁して歌ったわよ😘💋

#なんのはなしですか
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#スタエフ


この後22時からです。よろしくお願いします!


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