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産婦人科病棟

入院病棟の生暖かい清潔な
空気を吸いこみ眠る
窓の外に見える
看護師寮では
真夜中にドアが何度も開閉する
夢を見るほど深くは
眠れない午前三時
静かに誰かが走り
病室の前を駈け抜ける
誰なのかはわからないけど
きっと遠くへ行くのだろう

七ヶ月だというのに
大きなお腹を抱えた妊婦は
「双子なの」とうれしそうに
笑った
その三日後
早過ぎるお産で
小さい男の子がふたり
この世にやって来て
すぐに帰って行った
また来るよと

五ヶ月になったときから
八歳の上の子を置いて
入院しているという妊婦は
ずっと点滴を外す事ができない
少しでも家に帰りたいと
言うけど
たぶん無理なんだろう
「これが終ったらハワイに行きたい」
と繰り返す彼女と
ハワイ話で時をダラダラと過ごす
あとはおいしいお取り寄せの話
おいしいものと
海外旅行の話でもしていなければ
とてもやっていられないんだろう
でも彼女は筋腫を抱え
命がけで八年ぶりに
胎内に宿った魂に
光を与えようと
しているのだ

同じ産婦人科病棟でも
普通分娩で産んだひとたちが
集まっているところは
全く雰囲気が違っていて
そこは
暖かな光と
雌の匂いと
産まれたての赤ん坊の
生臭い匂いが
充満している

まだ母親でない
わたしたちの病棟は
しんとして
胎児の言葉だけが
聞こえる

「もうすぐ出れるの?」(まだ、もう少し待っててね)
「ママ、ぼくまた来るよ」(そんなこと言わないで……)
「ぼく、なんだか苦しいんだ」(大変! お医者さんを呼ばなくちゃ)

昼も
夜も

九時に消灯だけど
みんなこっそり連続ドラマを見てる
おやつを食べながら

お腹を撫でながら



初出 現代詩フォーラム 20040406

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チアーヌ(乃村寧音)neon nomura
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