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Royal Navyは奥が深い #6 ライム野郎が七つの海を制覇する


8.ライム野郎が七つの海を制覇する

 イギリスの水兵たちはアメリカ人から"limey"(ライミー:ライム野郎)と軽蔑の意味を含めて呼ばれていました。また、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカといった英国連邦の国々でもイギリス人に対して"limey"という呼び方をしていました。
 しかし、この"limey"という名称に、Royal Navyが七つの海を支配し、イギリスが海軍大国として長く優位を保つことができた要因があったのです。

8-1. 壊血病

壊血病を予防する

 大航海時代から大海原に乗り出す船員たちにとっての最大の敵は壊血病でした。嵐や怪我、戦闘やその他の病気で亡くなる船員もいましたが、壊血病は、ヴァスコ・ダ・ガマの乗員の3分の2を、マゼランの航海では半数の命を奪いました。
 1740年から1744年まで行われたジョージ・アンソン(キングジョージ5世級4番艦に名を遺す提督:2-6をご参照ください)の世界周航では、壊血病により乗員961人が334人にまで減ってしまいました。この悲惨な航海の報告を受け、英国海軍は対策に乗り出さざるを得ませんでした。
 いくつかの治療方法が提案された中、海軍の軍医だったジェームズ・リンドは、壊血病の患者を6組に分け、別々の食べ物を与えたところ、オレンジとレモンを与えた組で改善が認められました。

8-2. ビタミンC

ビタミンCの働き

 今では誰でも知っていることですが、レモンやオレンジに含まれる栄養素といえばビタミンCです。ビタミンの多くは体内の酵素の働きを助ける補酵素の役割を持っていて、ビタミンCは、コラーゲンたんぱく質を生成する酵素の補酵素なのです。
 DNAの塩基配列によってまずプロトコラーゲン(コラーゲン前駆体)が作られます。プロトコラーゲンのアミノ酸配列には3分子に一つプロリン(Pro)というアミノ酸が含まれています。このプロリンをプロリルヒドロキシラーゼ(プロリン水酸化酵素)がハイドロキシプロリン(Hyp)に変化させます。この変化によりプロトコラーゲンは強靭な繊維状であるコラーゲンたんぱく質となり、血管や皮膚や結合組織を形成するのです。ビタミンCはこのプロリルヒドロキシラーゼの補酵素なので、ビタミンCがないと強靭なコラーゲンたんぱく質が生成されず、血管や組織が弱くなり壊血病の症状を引き起こしてしまうのです。
 多くの動物は糖からビタミンCを生成することができますが、ヒトやサル、モルモットなどはこの能力がないため、食べ物からビタミンCを摂る必要があります。ヒトの先祖はビタミンCを含んだ果実などを食べることができたのでこの能力を失ったのだと考えられていますが、逆に果物などを長期間食べないと壊血病となってしまうのです。
 つまり、大航海時代が始まり、長い航海の間、塩漬けの肉と乾いたパンやビスケットだけの食事をしていた船員にこの病気が発生したのです。

8-3. ライム野郎の誕生

グロッグの配給を受ける英国船員

 リンドの実験の後も、生のレモンにするのか濃縮レモン汁にするのかの紆余曲折があり、ようやく1795年に医師のギルバート・ブレーン(Sir Gilbert Blane, 1st Baronet)が海軍の委員となった際にレモン汁を支給することを提案し、これを海軍が受け入れレモンジュースの提供が海軍全体で実施されることとなりました。
 レモン汁は樽の中でオリーブ油の下に、生のレモンは塩漬けにして紙に包んで保存され、船が出航後5週間から6週間たった頃から、毎日レモン汁が船員に支給されました。
 19世紀の半ばにレモンから入手しやすいライムに切り替えられましたので、ここにライム野郎の名称が誕生しました。多くの場合、これら果汁はラム酒と混ぜて「グロッグ(Grog)」と呼ばれる飲料として飲まれました。しかし、ライムはビタミンCがレモンより少なく再び壊血病が発生したそうですが、船の発達で航海期間が短くなったので大きな問題にはならなかったようです。

柑橘果汁のビタミンC量

 一方、イギリスでも商船では、経費が掛かるという理由でレモン汁の支給を行っていなかったため相変わらず壊血病が発生していました。英国の商船で壊血病がなくなったのは19世紀の後半になります。
 また、他の国々では対策が取られていなかったので、ナポレオンのフランス海軍が敗れたのも、日露戦争でロシアが敗れたのも、アムンゼンに先を越されたスコット隊の悲劇も、壊血病がその一因であったと言われています。イギリス海軍をライム野郎呼ばわりしたアメリカでも19世紀まで壊血病に苦しんでいました。

 このように、18世紀から19世紀にかけてRoyal Navyが世界の海を制覇できたのは、壊血病の発生を予防するレモンやライムを軍艦に積んでいたおかげだったのです。

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