いろとりどりの真歌論(まかろん) #12 在原業平

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ

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 「酸っぱいレモンを思い浮かべないでください」という言葉に出会ったとき、人の脳はまず、「酸っぱいレモン」とは何かを理解しようと活動してしまう。ここでいう活動とは、記憶から「酸っぱい」や「レモン」にまつわる知識や記憶を引っ張り出して合成する作業だ。だから、脳にとって「酸っぱいレモンを思い浮かべないでください」という文と、「酸っぱいレモンを思い浮かべてください」はほぼ同義になる。「思い」まで文が進むころには、「酸っぱい」と「レモン」は脳内にすでに存在してしまっているから。

 それを念頭に置くと、この歌は人間の思考回路をうまく利用しているとわかる。

 花と紅葉と寒々しい冬景色が一堂に会する状況は、物理的にはほぼ不可能だ。けれど、人の頭の中ならばそれが可能になる。言葉を用いれば、他人がそれを誘導してやることも。

 花や紅葉に満たされている景色、ありし日のその景色を知っている人にとっては、枯れ木、枯れ草ばかりの景色がいっそう寒々しく思える。その寒々しさは、初めて行った場所が荒涼としているのとは違った寒々しさだろう。上手い短歌は、たった三十一字で記憶や経験や知識に支えられた他者の体験を経験させてくれる。

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