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試行錯誤するシンガポールシェア自転車事情

日本にもMobikeが上陸したので、シンガポールのシェアバイクの話をしよう。シンガポールの街中でシェアバイクの自転車を見かけるようになったのも、実はここ半年ほどに過ぎないが、2017年になって以降の急速な拡大は目を見張るものがあった。現況を端的に言えば、車輌数が急増し、たちまち問題が多発し、インフラ・ルール整備の議論がやおら活発化した、と言える。(とりあえず何でもやらせてみて、何か問題が発生したら規制する、というやり方がシンガポールらしい)

シンガポールにおける主要なシェアバイクのサービスプロバイダーは、日本にも先日上陸したばかりの中国Mobike、同じく中国系のofo、地元シンガポールのOBIKEの三社がしのぎを削る。三社の特徴などの説明は、以下Today紙の記事が詳しい。サービス自体に大差はないと言えるが、MobikeとOBIKEがかなりの車輌数を供給しているため、利便性はofoを引き離している状況だ。シェアバイクはやはり物量がモノを言う面が大きい。

さらに先週、第4勢力として、地元企業の、SG Bikeが市場に躍り出て来た。こちらの特徴はより不法駐輪対策が強化されている点にある。

SG Bikeの駐輪スペースは「ジオステーション」と呼ばれ、RFIDの技術によってSG Bikeの車輌がきちんと所定のスペースに駐輪されているか認識し、ジオステーション外に駐輪した場合、即座にアプリが警告音を発する仕様となっている。それゆえに他社対比、所定駐輪場に駐輪するインセンティブが高まるという訳だ。他社サービスでは路上放置した瞬間には特に何の支障もなく、後から罰金やユーザー評価のダウンなどの制裁が発生するので、SG Bikeの仕様は若干やりすぎ感もある。更に路上放置されている自転車もそれに乗りたい人にとっては便利な位置に駐輪されている場合もあり得るため、必ずしも他のユーザーにとって迷惑にならない点、事情は複雑だ。

それではなぜ、SG Bikeのような一見ユーザーには不人気そうなプレイヤーが登場したのか?その答えは政府のシェアバイクの不法駐輪に対する問題意識にある。

数ヶ月前、一時期シェアバイク車輌の不法駐輪あるいは投棄と呼べるようなものまで連日のように報道されていた時期があった。新サービスに対する好奇の眼もあったのかもしれないが、事態も重く見られていたのだろう。車輌を用水路に投げ棄てたり、マンションの上層階から投げ落とすなどはマナー以前の問題だが、後者はそれで9週間の禁固刑になったのだから、国としてのルール遵守に対する毅然とした姿勢が窺える。

そのような折に、SG Bikeが新規参入者として差別化を図るべく、事業活動の生殺与奪を握る政府当局の意向を忖度した動きを見せるのは、ある種、理にかなっていると言えよう。

ますます激しさを増すシンガポールのシェアバイク市場において生き残りを懸け、地場のOBIKEは先日45百万USドルの資本調達を決め、先手を打った。シェアバイクビジネスの性質から、資金力によって、運行車輌数を増やし、駐輪スペースの数で圧倒することで、支配的な地位を築けばシェアの総取りもあり得るのではないか。

一方で現状、東京23区程度の国土のシンガポールに4事業者が営業する状況は持続的ではなく、個人的には、早晩脱落するプレイヤーが出るのではないかと予想する。競争の構図を変える可能性のある、政府のシェアバイク営業に対する今後の指針にも目が離せない。


翻って外国人である筆者が、個人的にシンガポールにおいてシェアバイクを利用したいかというと、現時点ではNoだ。理由は以下の通り。

1.そもそも住居近くに駐輪されてない

シェアバイクが駐輪可能なのは原則、一部の駅などの指定駐輪場か、HDB(シンガポール国民向け公団住宅のようなもの)の駐輪場が大半である。他方、外国人が多く住むプライベートコンドミニアムの敷地内は私有地にあたるため、シェアバイクを駐輪することができない。したがって自宅から最寄り駅まで、といった動線が繋がっておらず、まずは徒歩で駐輪されている自転車を探さなくてはならない。

2.安価な公共交通機関が充実している

現在シンガポールではMRT(都市鉄道)とバスがかなりのエリアをカバーしており、今もなおバスは路線数を増やし、MRTは新線開通が予定されているなど、拡大を続けている。(オーチャードなど中心部では1つの停留所に20路線以上停まることもある。)また電車もバスも初乗り大人料金がS$0.77(60円くらい)なので、シェアバイクの最低料金より安い場合もある。さらにUBERやGrabなどライドヘイリングなども、相対的には割高とはいえ、ちょい乗り程度ならS$3〜4で済む場合もあるため、絶対額は知れている。

3.安全性

筆者の調べた限り、シンガポールには日本の自転車自賠責保険のような仕組みはなく、対人・対物・自損事故のいずれも自己責任でカバーしなければならない。自己責任は日本国外では当然の考え方なのかも知れないが、個人的には自転車事故が自身の保険でカバーされているか確証が持てない上に、懇意の保険エージェントもおらず、トラブル時の対応への自信も無い。

またシンガポールの道路はサイクルレーンも無ければ、路側帯すら存在しないため、自動車の傍を自転車が走行することを想定していない。その上、走行している自動車のウィンカーの出し方がかなりいい加減で、ウィンカーを出したまま数百メートル走行して、いつ曲がるのか全く読めなかったり、逆にウィンカーも出さずに突然右左折するなど、自転車にとってはかなり恐ろしい状況である。筆者の知人が自転車走行中に背後からトラックに轢かれ、九死に一生を得た話を聞いて背筋が寒くなったのも、筆者がシンガポールで自転車から足が遠のく大きな契機となった。

ビジネスの採算を考えると、仮に自転車一台S$100としても、単純に原価をカバーするには100回前後の利用が必要になると想定される上に、修理コストや不測の破損・逸失、システム維持のための間接経費を勘案すると、決してROIの高い事業ではないように見える。

それでも多くのスタートアップ企業の耳目を集めて止まないのは、やはり走行データの活用に期待が集まっているのが最大の理由なのか。

これまでシンガポールにおいて自転車は、自動車が走らない公園や離島などで借りて乗るもの、といった存在から、日常の足として普及する(か否かの)過渡期にあるのだろう。今後はさらなる混乱も生じるかも知れないが、いずれにせよその変化を目の当たりにできるのは、非常にワクワクさせてくれるものであり、今後もウォッチして参りたい。


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