知の探索と深化、両手を使って経営しようー成長のための両利きの経営について

知の探索と深化、両手を使って経営しようー成長のための両利きの経営について


はじめに


企業が生き残るためには絶えず進化し続ける必要があることはピーター・ドラッカーの言葉から学べることです。現代社会において、この学びはかつてないほど重みを増しています。

今日のビジネス環境は、変化のスピードがこれまでになく速く、企業は対応力を試されています。技術の進化、グローバルな競争の激化、そして社会的な課題が日々企業に新たな試練を与えています。加えて、パンデミックがもたらした不確実性と複雑性は、企業にとって予測困難なリスクへの備えを迫りました。

このようなVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)の時代、企業が成長し続けるためには、従来のビジネスモデルを強化しながら、新たなビジネスの創造も必要不可欠です。

改めて「両利きの経営」について


その中で改めて注目したいのが「両利きの経営」というアプローチです。これは、組織が「知の深化」と「知の探索」を同時に進めることで、既存の強みを生かしながら新たな成長機会を開拓する経営戦略を指します。これは、チャールズ・A・オライリーマイケル・L・タッシュマンが提唱した理論で、組織が 「知の探索」「知の深化」 を同時に行う能力を指します。

  • 知の探索: 新しい知識や技術、市場などを探求し、革新的なアイデアを生み出すこと。まるで未知の海へ漕ぎ出す航海士のように、リスクを恐れずに新しい可能性を追求していくことを意味します。

  • 知の深化: 既存の知識や技術を改良し、効率性を高め、より洗練された製品やサービスを提供すること。熟練の職人技のように、既存の強みを磨き上げ、競争力を高めていくことを意味します。

両利きの経営の重要性


まるで右手と左手を使うように、既存事業の強化(知の深化)と新規事業の創出(知の探索)を同時に行う。これが、両利きの経営の真髄です。
なぜ、今、両利きの経営が必要なのでしょうか?

現代社会は、VUCAと呼ばれるほど、変動性・不確実性・複雑性・曖昧性 が高まっています。

  • 技術革新の加速: AI、IoT、ビッグデータなど、新たなテクノロジーが次々と登場し、既存のビジネスモデルを根底から覆しています。

  • グローバル競争の激化: 世界中の企業が競争相手となり、市場の変化はより速く、より激しくなっています。

  • 顧客ニーズの多様化: 顧客の価値観やライフスタイルは多様化し、画一的な製品やサービスでは、もはや顧客を満足させることはできません。

  • 社会課題の深刻化: 環境問題、貧困、格差など、企業は社会課題の解決にも貢献することが求められています。

このような変化の激しい時代において、企業が生き残るためには、既存事業で安定した収益を確保しながら、同時に未来に向けた新たな事業を創出し続ける必要があります。
まさに、両利きの経営こそが、この難題を解決するための重要な鍵となるのです。

AGCのケースに学ぶ


具体的な例を見てみましょう。
AGC(旧社名:旭硝子)は、100年以上ガラス製造で培ってきた技術を深化させながら、両利きの経営を実践し、新たな分野へ進出している好例です。
彼らは、社内に模擬スタートアップを設立し、MBAや博士号を持つ社員を配置することで、新規事業の育成を促進しています。これは、まさに「知の探索」を組織的に行うための取り組みです。

また、事業開拓部が新規事業のアイデアを独自の基準で評価し、成功の可能性が高いものを選別して育成する仕組みも整えています。既存事業で培った知見を活かしながら、新規事業を効率的に立ち上げるための仕組みづくりと言えるでしょう。

ガラス製造という既存事業の深化を進めながら、モビリティやエレクトロニクスなど、新たな分野への進出を積極的に行っているAGCは、まさに両利きの経営を実践している企業と言えるでしょう。


市場と顧客から考えることの重要性がわかります


両利きの経営を実践する


では、どのように両利きの経営を実践すれば良いのでしょうか?
組織構造、企業文化、そしてリーダーシップ。これらの要素が、両利きの経営を成功させるための鍵となります。

  • 組織構造: 深化と探索を担う組織を明確に分離し、それぞれに適した目標設定や評価制度を導入する。探索チームには、自由な発想と迅速な意思決定を可能にする柔軟な組織体制が必要となります。一方で、深化チームには、効率性と安定性を重視した組織体制が求められます。

  • 企業文化: 失敗を恐れず、チャレンジを奨励するオープンな文化を醸成する。新規事業は、失敗のリスクと隣り合わせです。社員が安心して新しいことに挑戦できるよう、心理的安全性を確保し、失敗から学ぶことを奨励する文化を育むことが重要です。

  • リーダーシップ: 経営者は、両利きの経営の重要性を理解し、組織全体を牽引していく。深化と探索のバランスを維持し、両方の活動を適切に支援していくためには、経営者の強力なリーダーシップが不可欠です。

両利きの経営のメリットとデメリット


両利きの経営には、メリットだけでなく、デメリットも存在します。
例えば、深化と探索のバランスを崩すと、既存事業に偏りすぎたり、新規事業に力を入れすぎたりする可能性があります。
また、組織文化の対立や短期的な成果主義も、両利きの経営を阻害する要因となります。
しかし、これらの課題を克服することで、企業は大きく成長することができます。

深化と探索のバランスをどのように取れば良いのでしょうか?
これは、企業の置かれている状況や目指す方向性によって異なります。
例えば、成熟市場で競争が激しい場合は、深化に重点を置きつつ、探索によって新たな市場や顧客を創造していく必要があるでしょう。
一方、成長市場で競争優位を築きたい場合は、探索に重点を置きつつ、深化によって競争力を強化していくことが重要になります。

重要なのは、市場と顧客を理解することを起点として、自社の現状を正確に把握し、戦略的にリソースを配分し運用することです。

組織文化の対立を避けるためには、どうすれば良いのでしょうか?
深化チームと探索チームは、それぞれ異なる価値観や行動様式を持つため、対立が生じやすい傾向があります。

両利きの経営は組織変革をもたらします

これを避けるためには、両チームの相互理解を促進し、共通のビジョンを共有し、行動に移すことが重要です。

例えば、定期的な交流会や合同研修などを実施することで、お互いの仕事内容や考え方を理解し、協力関係を築くことができます。

また、全社的な目標を設定し、深化と探索の両方が、その目標達成に貢献していることを明確にすることで、一体感を醸成することができます。
短期的な成果主義に陥らないためには、どうすれば良いのでしょうか?
新規事業は、すぐに成果が出るとは限りません。


企業の成長とは何か、改めて自らに問いを設定する必要があります


そのため、短期的な視点で評価してしまうと、探索活動が停滞し、イノベーションが阻害される可能性があります。
これを避けるためには、探索活動に対する評価指標を工夫し、長期的な視点で評価することが重要です。

例えば、新規事業の立ち上げ数や特許出願数、あるいは市場における新しいポジションの獲得など、長期的な視点で評価できる指標を設定する必要があります。

両利きの経営の未来


最後に、両利きの経営の未来について考えてみましょう。
デジタル化の進展は、両利きの経営をさらに加速させています。
AIやビッグデータなどのテクノロジーを活用することで、企業はより効率的に深化と探索を進めることができるようになるでしょう。

例えば、AIを活用することで、膨大なデータから新たな市場機会や顧客ニーズを分析し、探索活動を効率化することができます。
また、ビッグデータ分析によって、顧客の行動パターンを把握し、既存製品やサービスの改善に役立てることができます。
環境問題や社会課題への意識の高まりも、両利きの経営に新たな視点をもたらしています。

企業は、持続可能な社会の実現に貢献しながら、成長を追求していくことが求められています。
深化によって、既存事業の環境負荷を低減し、資源の効率的な利用を促進することができます。
一方、探索によって、環境問題や社会課題の解決に貢献する新たな製品やサービスを創出することができます。
両利きの経営は、企業が不確実な時代を生き抜き、持続的な成長を遂げるための強力な武器となります。

さあ、あなたも「両利きの経営」で、新たなステージへと踏み出しましょう!


参考文献

  • オライリー, C. A., & タッシュマン, M. L. (2004). 両利きの経営: 探索と深化の両立による持続的イノベーション. ダイヤモンド社.

  • 入山章栄 (2016). 世界標準の経営理論. ダイヤモンド社.

本文中のチャートは以下のAGCのHPから引用しました。


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森 浩昭 / Hiroaki MORI
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