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【連載小説】地獄の桜 第五話

 布団の中でうんうん唸っているうちに、夢を見た。下らない夢だ。
 僕は夢の中で見知らぬ町を歩きながら、迷子になっていた。一ミリも歩いたことがそれまでなかったとある隣町の住宅街かもしれなかった。
 そのうち小さな並木道に出ると、丸眼鏡をかけた優しそうな顔の初老の男が前を歩いていた。僕はその男に「迷っているので、道を教えて頂けませんか?」と言おうとしたが、元来の優柔不断さで何となく引っ込めてしまった。
「『道を教えてくれませんか』ですか」
 ぎょっとした。僕の考えていたことがそっくりそのまま見透かされている。そのまま言葉を失っていると、さらに続けて、
「昔だったら、そう素直に聞いてくれたんですけどね、あなたは。
『おじさんは、おじさんは』って言ってね。
 まあでもいいです、そこの大工に聞けば分かりますよ、ここら辺の道のことは」
 意味も分からず僕はそのおじさんの指さす方へ分け入って行った。でもその空き地に、木組みがされて、家が建つようなそこでは、その木組みが部分部分、ぐるぐる回って、まるで『SASUKE』のようになってその中を掴まりながら、無数の大工が一緒になって回っている。ぐるんぐるん。
 僕はどの大工に話しかければいいのかも分からずに、
「ここからK駅前までどうやって行けますかー!!!」
 と気づいたら叫んでいて、叫んでいると目が覚めていて、あたりはただのうら寂れた安アパートの部屋の中に戻っていた。
 それだけではない。こんな下らないことをこの小説の中に書きつけている間に、読者がどこに行ってしまったか、分からなくなってしまって、僕はとても虚しく淋しい気持ちに襲われてしまってどうすることもできなかった。

 暫くして、ただ次のような、一片のブルースの歌詞を思いついて書きつけた。

朝起きたら、読者はいなくなっちまった
朝起きたら、可愛い可愛い俺のベイベー、読者はいなくなっちまった
部屋を見てもウイスキーの瓶だらけ、本当に淋しかったよ、ベイベー

 朝起きたら、本当に何もなかった。丸眼鏡のおじさんもいなかった。あの謎の心を透視する技術も幻想だった。SASUKEをする大工もただの夢。
 道になんか迷っていない。本当に何も、なかった。
 いやただ、『道』か。『道』ねぇ……僕は道に迷ってはいると思う。人生の迷い道だとは思う。ブルースだねえ、そう思う。ブルースなんてものは、誰にでもあるもんなんだと。特に今の不景気な時代の日本に、ブルースは全くのお似合いじゃないか。皆が虚勢を張ってK-POPなんか聴いちゃっているのが不思議でならない。今の日本人は部屋の片隅でマディ・ウォーターズなんかを弾き語っている位でいい。

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