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【連載小説】地獄の桜 第二十四話

「コラッ!」
 上司の「脇タックル」に僕の首はなすすべもなく、体とともにくずおれていく……ああかつて中世の昔にあったという、ピサの斜塔崩落の事件を間のあたりにしたかのような、それは何とも、想像を絶する光景だったに違いない。
「申し訳ございませんでした!」
 この、日本古来から続く伝統的謝罪方式「DOGEZA」、これもこの会社に入ってからというもの、随分と板についてきたこの身である。
「もう……終わりですよ」
 上司はそれ以上何も言わなかった。おそるおそる顔を見ると、血の気が失せた色で表情もない。絶望を通り越したようにぴくりとも動かない。
 しかし一方の僕はその言葉の意味を察したところで案外驚かなかった。というのも、この場所に長くいても将来性に欠けると常々思っていたのと、上司にさんざんいびられ続けたこの場所を早く離れたいとむしろ期待していたのと、FXなり何なりで経済的な部分を多少しのげると思っていたからだ。
 僕は次の上司の言葉を待った。「お前はもうクビだ」だろ、と。しかし、予測は少し外れた。
「会社が倒産しました」
 僕は瞬時に顔を伏せた。そうか、そういう事だったのか。必死に僕はこみあげていく失笑、あるいは嘲笑とでもいうべきものをこらえた。有り体に言って、ざまあみろという心持だった。しかしそれらすべてを隠し通すのがサラリーマンとして生きるということである。家に帰るまでが勤務なのだ。
 でもどうしても気になって、顔を必死にわざとしかめながら上司の「顔色を窺」った。上司の目は充血していた。顔は羞恥のためか薄赤く染まっていた。
「いいからもう、早くこれを持って帰ってください! ……それとも私物が事務所の中にまだあるんですか?」
「公私混同しないんで私は。あなたみたいに」
「ん? 今なんて?」
 お世話になりました、といいつつ、世話にならなくてすむようになった喜びを抑えながら僕は自宅に帰った。不安はそれほど感じなかった。


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