【連載小説】地獄の桜 第二十三話
「……ずっと、自分で頑張るしかないんだって、そう思って生きてきた。
私のお母さんは厳しくてね。貧しくなった家のために、私のことを大学に入れようと思って、必死に私に勉強をさせてた。だから中学のころまで成績は良かった。
でも……高校に受かった時、お父さんが……お父さんが自殺しちゃった。
色んなバイトを転々としているうちにあの店に辿り着いた。あの店で仕事を始めた時、『もうこれで終わりだ』って内心思ってた。家族も。人生も。
諦めてたの、何もかも全部……」
「もうそんな、悲しいこと言うなよ……!
そんなこと僕の前で、二度と言うな、言えなくなるくらい、僕がさくらのことを幸せにしてやる!」
ひしと僕は抱きしめた。さくらは呼吸が止まったように目を見開き、やがて抱きしめ返したその瞳には一筋の涙があふれ、そしてそれは夕暮れに流れ星が流れたかのように、やや紅をさした白いさくらの横顔を一瞬にして流れ落ちて行ったのだった。
しかしそんな楽園での日々の後に待ち受けた日々と言うのは予想より幾分か悲惨なものだった。
お盆明けの出勤日に僕が事務所のドアを開けると、そこにはこの事務所で唯一の同僚(兼上司兼社長の遊び相手(意味深)兼元同僚の女友達兼……その他色々)が仁王立ちになって口を真一文字に結んでいて、度肝を抜いた。
でもまあしかしそれは、街でおかしな人がぶつぶつ独語を繰り出しているのを見ると、最初ぎょっとしても暫くするうちに見慣れてしまうというようなもので、つまりは反射的に驚きはすれど、実際僕はというものの、「おはようございます!」と、いつも通り空元気の挨拶で何事もなかったかのようにその脇をすり抜けようとしたのだった、が。
僕はそのすぐ後に、今度は『脇』に引っかかった。無論、僕の暖簾をくぐるような猫背を、その同僚(兼上司……以下略)の脇の下が、鬱陶しくもガードしたのだ。
全く、脇を通って脇に阻まれる、因果応報とも言うべきものではある(?)因果応報を説いた仏陀も偉いものだ。なるほどと思った。僕は要するに、目覚めたのだろう。悠久の時を経て僕の魂にも、悟りというものが何なのか、ようやくその意味が分かりかけてきた。
僕はこんな下らない因果の中にいる自分の生存の中に『空』を見出し、その性質は絶えず流転変化を伴う『無常』にあることを脇まえ、いや弁え、しかしすぐさまその脇なるものから抜け出し、脇への情念を振り払って仏門を叩き、山中異界に閉じこもり、ほどなく激しい修行の日々が始まった。
現世を忘れ、苦行を一身に受け、功徳の世界に専心しそしてその僅か数年後、僕は千年に一度ともいわれるその寺でも最大の荒行へと身を投ずることとなる……何てことがあったら素晴らしいのだが、残念ながら現実はそうではなかった。
実際の僕はというと、こうだ。
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