【連載小説】地獄の桜 第十三話
そのおじさんに連れられた所は、そこからそう遠くない路地にある、店の外壁が全部黒タイルで覆われているどこか変テコな小さなスナックだった。
さっきとはうってかわって、席数が五つもないんではないかというほどの窮屈な空間に押し込められ、その上店内も真っ黒に塗りつぶされたデザインでわずかな間接照明がカウンターの向こう側からぼんやりと光っているのが何とも侘しく見えて、一言でいうと、僕はフキゲンだった。
こんな狭い店だというのにわらわらと全ての席に人が寄り合って、うるさい声で騒ぎ立てている。果ては立ち飲みしている人や、座り込んでいるのまである。全くもって騒々しくて、なので僕を誘拐したおじさんの声も非常に聞き取り辛かった。
やっとのことで自分の飲みたい酒、それはキャバクラでは見栄を張ってシャンパンやら高級赤ワインやら頼んでも結局のところは普通のハイボールな訳だが、それを頼み終わるや否や、もう一度おじさんは話そうとしたことを畳みかけるように、もっと大きなダミ声で僕の耳に叩きつけて、ようやく何を言っているのか、聞こえた。
「誕生日なんだよ! スナックの! ママの!」
「……そ……そう! そうなんですか! お祝いなんですね!」
僕も必死にそう応じた。でも僕は『Cherry』から出た後になおも迎え酒のように飲んだハイボールに、とどめを刺されたように意識は酩酊してしまい何を考えているのか自分にも良く分からなくなって、そんな僕の無理やりな大声は、本当におじさんには聞こえているのだろうかと、ふとそう思った。
本当に聞こえているのか。本当に僕は本気で大声を出したか。そもそも本気とは何か。自分にとっての本気とは何か。
僕は人生を本気に生きていないんじゃないか。僕はあんな、ちょっとした……人生の上手い逃げ道やショートカットを幾つかひらりと通ってさり気ない振りをした、ちょっと鼻につくイヤな奴になっただけに過ぎないんじゃないか。何がイヤか。自分自身が? イヤ、それどころか、全てだ。そしてその全てが、親や愚直な学校教員や頑迷で横柄で気難しさの塊となっている塾講師や、粗雑さ以外の何も持たない放縦な同級生の男子や、極端なまでに潔癖で純粋を通り越したやるせのないような同級生の女子などが寄ってたかって僕をこんなデクノボーにしてしまったのだ、と思うことを最近どうにも止められない……。
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