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【連載小説】地獄の桜 第七話

 そんなことをグダグダしていると「昨日に『明日行こう』とか言ってたのは何だったんだ」と読者諸君からツッコまれるのは想定内であ、いや分かっている。覚悟している。男の度胸。でもよく読んで欲しい。上述の通り平日は徒に忙しいだけの殺伐とした毎日を送っている男だ。土日位はもう少しこのようにダラダラしたって良いじゃないか。
 FXで買った通貨のレートをふと見る。それにしても、この頃は慣れたもので、一日の間にもう前職でよく見た書類作成料の十倍位の儲けが出ていて小説の創作以上に夢が広がっている。
 とはいえ、あまり欲をかいても失敗することの方が多いので、これ位でいつも円にしてしまうし、今日も例外ではない。まだ上がると思っても、別の不確定要素が勃発して大きく下げるかも知れない。不安定な今の社会情勢で財を成すには、こうやって地道に利益を積み上げていく他なかろう。
 まあ、こんな風に朝からパソコンで細かいものを見ているから大して食欲もないが、小遣いも貯めたことだし、とりあえず朝食でも食べようと思って、シャワー、着替えをし、外へ出た。
 頭が痛い。そうか昨日の酒かと思った。昨日の夕食という名のツマミ作りで僕の自炊に対する気力は今暫く消沈してしまっていて、おまけに頭が二日酔いなのかほんの少しクラクラする。大して飲んでないのに、歳を取ったな、と思った。
 僕はバスに乗った。今日は天気の良い朝だった。窓越しに差してくる木漏れ陽にあたりながら窓際でウトウトとしていると、自然酔いや頭痛も弱まってきた。こんな穏やかな時間が一生続けばいいのにな、と強く感じた。このまま、ずっとずっと、波音を立てず平穏に過ぎゆきたい、と。
 そんなことを思いながら、目的地近くの停留所までバスは来た。降りて、僕はK駅前近くの行きつけの喫茶店に行った。

「いつもの。甘いやつ」
 そう、ぞんざいに言っても、その喫茶店のマスターは「はーい、承知しましたー」と、やや高音のかすれ気味な声で返事をして、砂糖と蜂蜜の入ったホットココアのようなコーヒーを僕は待つ。僕はもうそのコーヒーの名前を忘れてしまった。でもマスターは僕がとりあえず何か飲もうというときはこれにしてほしいということを長年の経験で知っていて、「いつもの」と言えばそれを出すような流れがこれもまた暗黙の了解で決まっている。
 僕はコーヒーを待っている間、何の気なしにその喫茶店の中を見回してみた。
 古ぼけていた、相変わらず。それは何とも、妙な気持だった。
 僕が初めてこの『グラナダ』という喫茶店に来た時、既にそこには年季がだいぶ入っていた。逆に今となったところでその感じは知り始めの頃と大して違いが分からないという具合で、却ってその変わらない古臭さが時の流れに対する感覚を麻痺させる。

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