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下界に降りたら密だった(入院7、8、9日目)

入院7日目(33週2日)

 朝の巡回で、パックが空っぽになったマグセントの補充はせず、そのまま外すことになった。二又に分かれた点滴のスタンドが1本になって、腕も気持ちもほんの少し軽くなる。スライムのように重たく、力を入れることができなかった身体に、少しずつ力がよみがえってきた。相変わらずリトドリンによる動悸は強いが、体を傾けたり、起こしたりして、何とかどきどきをやり過ごせるようにもなってきた。自分の身体に、自分で力を入れるということが、どんなにありがたいことか。悪い夢でも見ていたようだ。

 むくみ防止の着圧ソックスをネット通販で頼んでいるけれどまだ届かず、とうとう両かかとに大穴が空いてしまった。看護師さんにも見えるだろうに恥ずかしい。病室で、ずるずるとすり足移動しかできていないから薄くなってしまったんじゃないか。移動距離はたかだかお手洗いとベッドとを行き来するだけなのだけど。今日の朝食から白ご飯をおかゆに替えてもらい、少しずつ食べる量が戻り始めている。

 「帝王切開手術の前に終えておかなくてはいけないので」とのことで、レントゲンと心電図検査のために外来病棟へ行く。看護師さんに車椅子を押してもらい、外来棟へ行くと、自室も隣室も個室なので人数が限られ、ひっそりとした雰囲気のMFICUとは全然違い、人でごった返している。密だ。世の中はコロナ禍だというのに、こんなに人が居てもいいんだろうかと不安になるくらい。下界に一瞬だけ降りてきた、そんな感じだ。レントゲンは、妊婦になってからは初めてだろうか。終わりに技師さんが「大丈夫ですよ、がんばってくださいね」と声をかけてくれた。会社の健康診断で機械的に進むレントゲンしか経験がなかったので、少し心が和む。心電図は、毎日何度もおなかにエコー装置を取り付けるので、ぺたぺたとした吸盤にもなんとなく慣れた感じ。

入院8日目(33週3日)

 ニフェジピンで落ち着いていた張りが、夕方、また増えてくるようになった。なので内服1回につき1錠だったのを2錠に増やすことになった。夕食後、少し出血があったので、内診で見てもらう。しかし子宮頸管の長さは変わっておらず、さほど異常は無いとのこと。もう少し寝ておいてくれ、ゆっくりしておくれ…。しかし「もう少し待って」を聞いてくれる中の人であるかどうかに自信が持てない。夫はあまのじゃくだし、私も斜に構えてるし、そんな二人の子どもだし。

入院9日目(33週4日)

 張りは、朝がぼちぼち張っていて、昼前にようやく少し落ち着く。朝は中の人がめちゃくちゃ動いていたので、モニターから「ドゴッ」って音がした。張ってしまうから、あまり動きすぎるんじゃないぞ。

 看護師さんに、初めて洗髪台で髪を洗ってもらう。有村架純みたいなかわいくてふんわり方。「遠慮しないでくださいね」って言って、洗ってくれた。手持ちのシャンプーとリンスを「これいい匂いですね」って、ゆったりと時間をかけて。髪が伸びきっているし、ホルモンの関係で抜け毛が止まって1本も抜けないから、もさもさしていて洗いにくいだろうに。病院内の美容院で髪を切ることはできるだろうか、それとも退院してどのタイミングで髪を切れるだろうか、と髪切りのことで頭がいっぱいになる。コロナ禍で大変な中、親身に接してくださる看護師さんたちには本当に頭が下がるとお伝えすると、「いろんな人に会って、こうしてお話をしたり、赤ちゃん見て癒やされたり、結構楽しいんですよ」とおっしゃる。本当に、すごい仕事だな…。

 ほとんど寝たきりの時間が続いているので、マグセントの影響が抜けてもなお筋力の衰えをまざまざと感じる。眠りが浅いので、目が覚めてしまう朝5時ごろ。足首を回し、ふくらはぎをもみ、足をまっすぐ伸ばして上げ、股関節をゆっくりと回す。運動を試みているけれど、筋力が落ちるスピードに全然追いつかない。普通通りに歩ける力はいつ戻ってくるだろうか。ていうか本当に戻るのか。

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