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5年前の私にかける言葉があるとしたら。

2019年10月29日。
COVID-19の存在はまだ欠片もなく、私も慌ただしく日々を送っていた。

次女は26日の夜に倒れ、3日間頑張って、29日の日が明けるとすぐにこの世から旅立った。
それから2か月経たないうちにコロナパンデミックが始まり、全世界がこの世の終わりかと思うような様相を展開し始めた。


5年経った今、予想したようにパンデミックの狂騒は色が薄れてきて、コロナはわれわれの日常に同化しつつある。

5年後の今、私はまだ生きている。

普通に。
いや、前よりエネルギッシュかもしれない。


5年前の私にかける言葉があるとしたら…

案外、大丈夫だよ。
かな。

ニンゲンは強い。
人間のホメオタシス機能は半端ない。

あの時、さすがの私も今回だけは打ちのめされるだろうと思った。
もしかしたら、これから先、廃人のような生活を送ることになるかも知れない。その予測に絶望感を抱いた。

だが実際には、翌年すぐに地域通訳案内士に合格した。
ステイホームが推奨された期間には、興味の趣くままオンラインで勉強を続け、講座ノートは10冊目になる。

昨年には奈良のご当地検定にも合格し、今は日本語のガイドの研修に明け暮れる。

たくさんの勉強仲間との出会いもあった。
フランス人のAnneという友人もできて、世界が更に広がった。

意識を分散できるいくつかのターゲットがあったから良かったのかもしれない。

だがもちろん、何もかもなかったことにできたわけではなく、
私は2つの苦しい思いに常時取りつかれている。

ひとつ目は、子供を守れなかった母としての罪悪感。

いくつになっても子供は子供。
何とかして、阻止できなかったのか、
気付いてやることができなかったのか、

それは一生拭えないのだと思う。


もう一つは、孫のKANAのこと。

なぜこの子はこんなに小さい時から何度も悲しい目に合わなければならないのか。それを見るのがつらい。
新しいママが出来て良かったものの、それなりの問題も発生している。
母との離別、父の再婚、引越し、転校…

たまに会ったりしているが、基本的には私たちは傍観するしかない。
こちらに無理に引き取ったりしても彼女が幸せになるとは思えない。


ずっとそのことを考えて沈んでいる訳ではないが、心のどこかにいつもある。

綺麗な言葉で励ましてくれる人もいるが、そう思ってしまう自分を受け止めることも私には必要ではないかと思う。


そして、何という偶然か…
友人のAnneがこの9月に次女を亡くした。

Anneとは5年前の12月、娘が亡くなってから2か月後に出会って、以来連絡を取り合ってきた。

昨年は彼女の夫と3人で四国旅行をした。

9月の初めに送られてきたWhatsAppのフランス語には見慣れない単語があった。Google翻訳にかけたら、びっくりした。

次女のMaelが夏のバカンスでネパールに行き、山の事故で亡くなったという。

優秀な研究者で、綺麗で、背が高くて、自慢の娘だったMael…
夫のBernardの意気消沈ぶりは相当だろう。

こんな思いをするのは、もう私だけで十分だよと思った。
本当に神様などいなんだと腹立たしかった。

この稀有な体験をするなんて、遇然ではないのかも知れない。
何か共通の魂の成長課題を持っているのだろうか。

Anneは真っ先に訃報を知らせてくれて、葬儀の写真まで送ってくれたけど、最近は音沙汰がなくなった。

来年初めに来日する話は実現しないだろう。
私が5月に渡仏するという話も無理かもしれない。

この種の悲しみは、ボディブローのようにじわじわと効いてくる。
彼女の復活力を信じて待とう。

どんな状況でも人間は生きてゆかねばならない。
罰ゲームのような人生だと思っても、前を向いて歩いてくしかない。
命が終わる時まで…

でも、案外、大丈夫だったと言える気がする。

#アニバーサリー反応
#ホメオタシス機能


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