千馬
日常的な散文集
朝にビル影から見える青々とした空に浮かぶ富士山。この景色を何回見たかなぁ。 そう言えばここに来てからどのくらい経っただろうか。 学生や会社勤めの人々が暮らして賑やかだった時間が遠く昔のことのように感じる。 それはそうだ。隣に住んでいた生まれたての赤ちゃんだった子が結婚し、子供が産まれたというのだから。 気づかないうちに僕も随分と歳を取ったみたいだ。 僕の横ではまた胡蝶蘭が咲いている。 オーナーが僕を建てた日に植えたお気に入りの花だ。 音楽好きの女子学生は夢を叶えられたのだろ
晩御飯の調達のために小道を下るわたし 時計を見ると時刻はもうじき5時になる。 すれ違った小学生くらいの子供たちは、 『ゾロリ借りてきたよ』『読みたかったら着いてこいよ』 『早く読もうぜ』 などと、無邪気にたむろっている。 そいえばこんな日常自分にもあったな、とふと情景が蘇りかけるわたし そんなわたしも気づいたら、人くさい道を駆け巡り、目が合っては交わす日々を重ねている。 実につまら、なくもないのだ。面白いことに。 視線(せかい)が広がり、人と出会い、混乱する世に
碧き地平線より 春を迎え、体を作り 学を得て、愛を育み そしてまた春を迎える まるで清流のようであり どれも叫びたいほど、愛おしいのである。
「ハジマリノウタの準備に取り掛かるのだ。浮世離れした世界にもやはり終わりが来たのじゃ。今すぐ取り掛かれ!」 長寿のじいさまがあえて皆を前にしこう言ったのは、平和ボケし、危機を知らない私たちに向けた警告だったのだろう 時を期せずしてか、それとも必然にか その後、私たちの半数以上は滅びることとなってしまう それでも我ら種族は繁栄を求めなければならない 「オワリ」を呼んだ「ハジマリノウタ」ではなく 「ハジマリ」を呼ぶ「ハジマリの唄」を歌い我らは繁栄を目指していくのだ、、、。
なんて美しい色してるんだろう。 これをを目にした多くの人が目にして呟いた言葉だ この世で最も美しい色のつぼみ 幸運なことに僕は所有することができた しかし、そのつぼみは花を咲かせなかった いくら光や水を与えても そして、ある日気づいた このつぼみには心がないことを 人々の邪気を受け続けていくうちに、このつぼみは見栄と引き換えに心を失ったのだった この世界の多くの住人と同じように。
暖かい部屋の空気も ぽつんと置かれたこたつも 焙煎機で踊るコーヒー豆の姿を見るのも、もはや日常風景になりつつある 近所の公園の銀杏の葉も、黄色く彩り、鮮やかに去っていくようだった もう今年も終わりかぁ、とふと思ってしまうのは退屈すぎたゆえか、それとも日常が麻痺してしまったからなのか、、、そこはあえて深入りしないでおこう そんな感傷に浸り、消えつつあった我も焙煎機の停止音で立ち返る秋の暮れ
蒼穹に一点の純白な絵の具 描いてきた父は永久へと消えていった 今、託された思いは継承されようとしている ものの随所に刻まれた父の衝撃を全身で感じながら 飛行機雲は栄光を描いていく
「開いてくれるまで寄り添ってください。 しかし無理強いはいけません 場合によっては逆効果になります」と注意書きがある。 独特な雰囲気を醸し出すこの扉。 見るからに大きく、厚く、重そうな見た目とは裏腹に どこか危うく、繊細さが片付け切れていない独特な雰囲気。 鍵を開けてもらえる日は来るのだろうか、とつい弱音を吐きそうである。 気分はまるで登山をする前の気分だ。 登り始めたら後戻りはできない。 失敗の向こうにあるのは死だ。 この扉も挑みもし失敗をするようなことがあれば、2度目
涙の壺 ポツリポツリと溜まっていく 生けたモノは終わりを告げ 壺はまた訪れるであろう始まりを待っている 曇天の空を覗きながら 今日も抜け殻は涙を落とす
手が有り余っている そこは実だから 手が足りてない そこは皮だから 実を絞ればジュースになる 皮を絞っても何も出てこない 種を撒こう 廃れた土地にはより一層種を撒こう
人はノートに彩りを与え続けている。 ある意味デザイナーなのかもしれない。 人によって色、デザイン、厚さ、大きさ、長さ、全てが違うこのノート。 まっさらだった僕のノートも、随分と沢山の色が重なっている。 決してきれいとは言えないかもしれない。 けれども、僕はこの色が好きだ。 誰とも被ることのないこの色が好きだ。 これから先このノートがどれほど厚く、大きくなるかは誰にも分からない。 ただ、希望や欲望を乗せて走るサラブレッドのように 今日も僕らはノートに彩りを与えている。
シャワー浴びて 髪を直して 前の日から入念に選んだ服を着て 時計を着けて 靴を履いた よし、準備万端だ。 行ってきまーす、と胸を躍らせ家を出る。 その途端、冷たく厳しい風が通り過ぎ、髪をぐちゃぐちゃに崩した。 めちゃくちゃ寒い この風が僕の浮わついてる心を落ち着かせる。 あの白い季節はもう間近になってきた。
時計を見た。もう日が暮れてもおかしくない時間だ。 やばいっ間に合わない、と慌てて支度をし車を走らせる。 こんなにギリギリでは初対面なのにあの子に申し訳ないな、そんな思いが頭をよぎる。 かと言って引き返すには心惜しい。 自然と手には力が入り、ハンドルには手汗が残る。 「目的地に到着しました。お疲れ様でした。」ナビの声が車内に響いた。 時計の針は閉店5分前ギリギリだ。 急いでお店に入ると、ほわわっとあの子の香りが店の中で輝いている。 驚いている店主の目は飛び出そうだ。 そうして開
「語り手」 大切な人の手を握った。 その手は、長い人生を生き波乱万丈な生き方そのものを表していた。 その手は、多くの人との繋がりを表していた。 そしてその手は、冷たくなりかけ、体から溢れていたエネルギーが程なく尽き果てることを悟っていた。 「ありがとう」